【 第 十六 話 】 |
誰もが寝静まった刻限。 甲 賀は、ただ一人で道場に佇んでいた。 その手に持たれているのは、更 月が紐賭けした刀。 別に他の刀で紐を切ってしまえば、簡単に封印は解ける。 この紐に未練がある訳でもない。 だが。 気になった。 何故、彼女がこれをしたのか。 そして、コレ事態の意味を知りたかった。 もしも生きていると言うのであれば、聞きたいと思った。 あの時、自分の刀を抱き抱えて、一体何処に向かっていたのか。 あの先に居たのは・・・。 甲 賀の視線がきつくなった。 まるで、刃のように切り裂く…そんな視線。 その視線の先には、床の間に飾ってある、雪 桜 隊の隊章が描かれている、軍旗。 「僕は、朱国に忠誠を誓った訳じゃない。」 小さな言葉。 だが、その言葉は何よりも鋭く、低い。 殺意と憎悪すら感じさせる言葉。 それは独り言と思いきや、違ったようだ。 道場の入り口から入って来た、もう一人の訪問者に言ったのだ。 「雪 桜 隊にもね。」 「なら、何に忠誠を誓ってるんだ?お前は何の為に、ここにいるんだよ?」 甲 賀から少し離れた場所に立ち止まったのは、九 条。 甲 賀に呼び出されて、この刻限に道場に来たのだ。 こんな事は、滅多にないが…全くない訳ではない。 決まって甲 賀が本当に気にくわない時だ。 九 条は甲 賀の背中を見続けた。 いつの間にか大きくなった背中は、今となっては頼もしい程だ。 ガキだと思っていたが、数年でこうも成長してくるとは思っていなかった。 無論、自分自身も成長しているつもりではあるが。 「僕がいない間も、颯 樹ちゃんには命令を下すの?」 「当然だろ?今までだってそうして来ただろうが。」 「は・・・?今まで、も?」 甲 賀は九 条を振り返った。 九 条の言葉に、殺意が芽生えた。 大 和に付き添って、護衛するのは初めての話しではない。 無論、颯 樹がこの部隊に入ってからも何度もしている。 隊舎を数ヶ月留守にする事だってあった。 だが、その間は「粛正」はしていない物だと思っていた。 監視役である自分がいないのだから、颯 樹一人にさせる訳がないと…勝手に決めつけていた自分の愚かさに、舌打ちした。 道場の中は暗い。 薄い月明かりが、道場の窓から差し込んでいるだけだ。 甲 賀は九 条の表情が見える位置まで近づいた。 「瞬…お前、なんて顔してやがるんだ?」 さすがに甲 賀の表情に驚いた九 条は、一瞬目を見開いたが、すぐに視線を外して、肩を竦ませた。 だが、甲 賀の表情は変わることはなく、ただ九 条のみを見つめていた。 「なんで、監視役の僕がいない時に、彼女が仕事をするんです?それじゃ、規定違反じゃないですか。」 「お前がいない時は、阿 波を監視役に当ててる。」 「阿 波君に?へぇ…そんな事、初めて知りましたよ。九 条さん。」 なんで言ってくれなかったのか?と無言の圧力で問いかける甲 賀。 九 条は、少し首をひねって甲 賀の事を見た。 「お前、この間から何かおかしいぞ?特に伊 勢の話になると。」 「なんで隠しているんですか。」 「・・・何をだ。」 「颯 樹ちゃんの事、調べさせて貰いました。」 甲 賀の言葉に九 条は、ただ静かに甲 賀を見つめた。 しばらく互いの沈黙が、道場を支配した。 見つめ合う視線は、決して穏やかなものとは違い、互いにいつでも斬れる体制になっていた。 「伊 勢は仲間だろうが。何故、調べる必要がある?」 「不思議だからですよ。」 「何?」 「淡々とまるで、一つの作業のように人を殺せる…そんな彼女が。」 いつも共にいたからこそ言える言葉なのだろう。 九 条は甲 賀の先の言葉を待った。 「もう、彼女に人を殺させるのは止めさせた方がいいですよ、九 条さん。このままいけば、彼女はいずれ壊れる。」 「いずれ、じゃねぇ。とっくに壊れてるんだよ、あいつは。だが、こればっかりはどうにもならねぇ。」 九 条の苦悶の表情に、九 条の一存で静粛する側が決まってる訳ではないと、感じ取った。 甲 賀は、再び雪 桜 隊の軍旗へと視線を向けた。 「…軍部上層部ですか。」 「・・・ああ。」 「彼女が人を斬れるなんて、一部の人しか知らないじゃないですか。なのに、上層部がわざわざ指名して来るんですか?」 「それ以上は言うな、瞬。ただでさえお前も危うい立場にいるんだ。何処に誰が潜んでいるかもわからねぇ。早々にそんな軽口は利かない事だな。」 九 条は話しは終わりとばかりに、甲 賀に背を向けた。 甲 賀は咄嗟に振り返ると同時に、九 条の背中を目がけて、脇差しの口火を切って、投げつけた。 咄嗟に交わした九 条に、脇差しが当たる訳もなく、道場の壁にその脇差しは突き刺さった。 それ程の威力のある刀が飛んで来たのだ。 九 条は、ゆっくりと甲 賀の事を見た。 「どう言うつもりだ、瞬。」 「僕は、真実が知りたいんです。九 条のさんの知ってる事を、教えて下さい。」 「ダメだ。」 「どうしてですか!?」 九 条は壁に突き刺さった脇差しを抜きとった。 そこには見た事のある文字。 かつて大和族の族長一族が持っていた紋章が描かれた脇差し。 大 和からの贈り物と気付いて、九 条は口もとを上げた。 「大 和さんから、貰った大事なもんなんじゃねぇのか?」 「答えて下さい、九 条さん。僕は、彼女の事を知りたいんです。」 「お前に話せば…お前は、絶対に大 和さんからの命令を実行出来なくなる。」 九 条は、グッと力を入れて甲 賀の手の上に脇差しを置いた。 その微かな重みを感じて、甲 賀は九 条の手を見つめて、ゆっくりと顔を上げた。 「お前が何を調べたかは知らねぇ。だが、それは上辺の情報だ。真の颯 樹には、誰にも辿り着けない。例え、大 和さんでさえもな。」 「なら、誰なら辿り着けるって言うんです?」 「・・・俺だ。」 ジッと甲 賀の目を見つめた九 条の視線は、決して冗談を言ってるわけでもなく。 恋情があるわけでもない。 ただ、ありのままの事実を告げている表情だった。 「あんただけ?なんで、あんただけが、たどり着けるんだか、理解が出来ないよ。」 「全てを知ってる、唯一の人間だからに決まってんじゃねぇか。明日は出立は早いぞ。そろそろ寝ておけ。」 ポンと甲 賀の肩に手を乗せた瞬間、甲 賀は九 条の手を払いのけた。 「あんたはいつだってそうだ。何でも自分一人で抱え込んで、何でも一人で解決しようとする。例え、やり方が非常識だとしても、結果論で抑え込む。それが九 条 和 臣の…あんたのいつもの手だ。」 「何とでも言え。俺は俺の生き方しか出来ねぇし、そうしなくちゃならねぇ事情がある。俺のやり方に不満があるってんなら、いつでも隊を去れ。」 「あんたは一人なんですか?九 条さん。」 「・・・おめぇに答える義理はねぇ。」 九 条はそのまま道場を出て行ってしまった。 甲 賀は、道場に一人取り残され、俯いた。 いつも取り残される。 昔から、いつも、いつも。 気がつけば、いつも一人なんだ。 それが甲 賀 瞬。 あまりに変わらない現実に、甲 賀は口もとを上げて、笑い出した。 「ふっふっふっふ…あははははは!!!」 そのまま後ろを振り向きザマ、脇差しを軍旗へと投げつけた。 刀は、軍旗のわずか数ミリ手前で、突き刺さっていた。 「九 条・・・和 臣・・・!!」 憎らしい程の低い声は、今までの甲 賀からは聞いた事もないような声だ。 コトン…。 もの音がして、甲 賀は道場の入り口へと耳を澄ませた。 わずかに動いたのが分かったのか、新たな侵入者は甲 賀の近くまで歩いて来た。 「こんな時間にまで、訓練とは…さすがは隊一の剣客を誇るだけはありますね。」 甲 賀がゆっくりと振り向いたその先には、美 濃が立っていた。 物腰穏やかなその所作は、自分との身分の差を表しているようで、甲 賀としては苦手な部類だった。 甲 賀は先程までの表情を一点して、いつも通りの笑みを浮かべた。 「いやだなぁ…見られちゃったんですか?他言無用に願いますよ?」 「ええ、大丈夫ですよ。ただ、私にも伊 勢君の秘密とやらを教えてくれたら…ですが。」 九 条とのやりとりを聞いていたのか。 甲 賀は一歩後ろへと下がった。 美 濃は別段代わりなく、道場を見渡した。 「ここの道場も随分と年期が入って来ましたね。そうは、思いませんか?」 「さぁ?どうでしょうね。内装なんて気にした事ないもので。」 「そうですか?でもこの壁って、意外と薄いんですよね。中の会話が結構聞こえるんですよ。」 そう言いながら、裏庭に面している壁に近づいた美 濃は、軽くコンコンを叩いた。 その瞬間にでた、気配。 「まさかっ!!」 甲 賀は、慌てて道場を出て、裏庭へと回った。 すでに姿は消えていたが・・・あの気配は・・・。 「チッ!」 甲 賀は苛立だしげに舌打ちをした。 窓から見える美 濃に視線を上げた。 「いつから気付いていたんです?」 「さぁ?私が来る前からすでにいらしたようですけど。」 聞かれたか。 まぁ、いずれは本人にも確認を取るつもりでいたのだから、順序が狂っただけと考えればいいか。 甲 賀は、すぐに頭を切り換えて、道場を後にしようと歩き出した。 「甲 賀君。」 美 濃の呼び止めに、甲 賀は足を止めざる終えなかった。 いくら弐番隊隊長とは言え、参謀役である美 濃の方が上官になる。 仕方なく美 濃の方へと振り返った。 「まだ僕に用事でもあるんですか?」 「伊 勢 颯 樹。その昔、どこぞの族長の娘だったらしいじゃないですか。」 「・・・誰がそんな事。」 「竹 千 隊の日 向君が、伊勢君と話していたのを聞いただけですよ。」 竹千隊の日 向 満。 また、あいつか・・・。 度々聞く名前に、甲 賀は内心ため息をついた。 「美 濃さん、あんまりあいつの言う事を真に受けない方がいいですよ。」 「おや?それはどう言う意味でしょうか?」 「所詮は無責任な適当な男な意見ですからね。真面目に聞く方が、時間の無駄だと思いますよ。」 「では」と頭を下げてその場を去ろうとした甲 賀だった。 だが、美 濃はそれを許さなかった。 「果たして、そうでしょうか?」 甲 賀は肩越しに振り返り、美 濃の事を見た。 美 濃は顎に手を添えて、何か深く考えるように甲 賀へと近づいて来た。 「木を隠すには、森に。真を隠すには、虚に。言葉を隠すなら、言葉に。・・・甲 賀君は、どう思いますか?」 「さぁ?僕は無学な者で、そう言った哲学的な事はさっぱり。それじゃ、明日は朝が早いって九 条さんに怒られましたから。失礼します。」 「ああ、そう言えば、大 和さんの身辺警護でしたね。道中、くれぐれもお気を付けて。」 今度こそ頭を下げて、甲 賀はその場を後にした。 あからさまに不機嫌な甲 賀の背中を見て、美 濃はクスクスと笑い出した。 まだまだ、荒削りの子供である甲 賀。 だが、美 濃は近い将来を予見していた。 あの甲 賀は、この雪 桜 隊にとっても、竹 千 隊にとっても、軍にとっても、そして国にとっても、大きな障壁になる存在だと。 それをいつ誰が気付き、利用しようと企むのか。 すでに気付いているのは、大 和と美 濃。 ならば、他でも気付いている者がいると考えた方が打倒だ。 これからどうするか。 美 濃は楽しそうに笑みを浮かべると、道場に差し込む青白い月を見上げた。 「ああ。今日は綺麗な月夜ですね。」 |
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
掲載日 2012.02.05
イリュジオン
※こちら記載されております内容は、全てフィクションです。