【 第 十二 話 】 




日 向は、更 月 姫が握り締めていた刀を、奪い盗った。
ゆっくりと威厳ある歩みで近づいてくるのは、大将の和 泉 彰。
日 向は、軽く頭を下げた。

「これはこれは、海軍のみなさんがお揃いで。どないしなはったんですか?海と温泉、間違ってしまったんやろか?」
「そう言うそっちは、こんな辺鄙な保養施設に何か用?」

海賊あがりの男にしては、華奢な身体付き。
若干21才と言うのに、この500人以上いる海軍の頭領をしているのだから、その才覚たるものは、天才としか言いようがないだろう。
100戦練磨とまではいかないにしても、負け戦は一度もない。
和 泉は遠くに見える、皇太子に頭を下げた。

「それで、この刀をどうする気なんだい?俺の記憶が正しければ、それはあの野郎の物だと思ったけど?」
「この子が盗んだみたいですわ。ほんまに可愛い顔して、窃盗とは、怖いわぁ。」

そう言うと日 向はあっさりと甲 賀の刀を和 泉へと投げ渡した。
しっかり刀を手に持つと、もう用はないと、和 泉は日 向に背を向けた。

「皇帝おかかえの海軍サンが、こないな山奥にいて、ええんですか?」
「演習の帰りだよ。俺の可愛い姫君の悲鳴が聞こえてね。駆けつけない訳にはいかないからね。」

そう言う和 泉の視線の先には、単衣姿の颯 樹。
どうやら返り血のみで、怪我はしていないようだ。
日 向は内心、安堵の息をつくと、颯 樹達に背を向けた。
全員を殺し終わった颯 樹達は、更 月 姫の非業の最期をただ見つめる事しか出来なかった。
ただ1人。
甲 賀だけはそれをわかっていたようではあったが。
和 泉は日 向へと視線を戻した。

「アンタも、色々画策してるようだけど。もしも、俺の姫君にとって、たとえ結果が良い事だとしても、過程が良くなければ、いくらでも邪魔させてもらうよ。」
「・・・いつから颯 樹ちゃんが、和 泉大将のモノになったんです?」
「そんな事、アンタに言う必要はないだろう?・・・皇太子の犬が。」
「・・・。」

和 泉の挑発するような言葉に、一瞬だけ日 向の表情がぶれた。
いつもの飄々とした表情を崩せた事に、和 泉はニヤリと口もとを上げた。
これで何も言う必要はない。
心に思っていた蟠りを少しは発散出来た。
和 泉はそう結論づけて、日 向に背を向けた。

「僕に、背ぇなんか向けて…ええんですか?」

それは暗に斬りますよ?と言ってるのと同じで。
和 泉はさらに笑みを深くした。

「いつでも相手するぜ?・・・一人の男としてならな。」
「なら、今お相手してもらいましょか。」

そう言って日 向は和 泉に刀を振り上げた。
待ってましたとばかりに、和 泉もそれに応戦するように、日 向の刀を自分の刀で受け止めた。
日 向の剣圧に、周りの落ちていた小石や、和 泉の髪がフワリを舞い上がった。

「フン!」

和 泉は日 向の刀を受け流し、刀を構え直した。
互いに一歩を踏み出し、鍔迫り合いをしながら、出方を見極める。
日 向よりも和 泉の方が身長的に差が有るとは言え、その力は日 向に負けず劣らず。
さすがに腕一本で荒くれ者が多いと言われる、海軍を束ねているだけはある。
日 向はニヤリと口もとを上げた。
それは、和 泉も同じようで、余裕の笑みを向けた。
これから勝負!と言う時になって、まるで何かの合図かのような口笛が、二人の耳に届いた。
互いにその口笛に、反応を示してその根源へと視線を巡らした。
影に隠れているが、皇太子の姿。
和 泉は、それを目視してから日 向へと視線を戻した。

「お前のやりたい事が、俺にはさっぱりだね。理解出来ない。」
「理解?」

日 向は和 泉の一瞬の力の抜けるのを感じた瞬間に、和 泉を競り返した。
その強さに、和 泉は数歩後ずさる結果となった。
シュン!と刀を清めると日 向は刃を鞘へと収めた。

「人が人を理解するなんて事、出来るハズがない。それが、普通な事や。」
「だが、お前は何をしたいのか目的が見えない。」
「目的が見えてしもうたら、画策にならへんやないの。ほな、さいなら。」

日 向はまるでその場から消えたかのように、一瞬で姿を消した。
少しでも目が避ければ、単に彼が俊足を持ち得てその場から去っただけなのだが。
和 泉は、腑に落ちない点が、まるで気持ち悪いとでも言うように、しばらく日 向の後を見つめていた。

「和 泉大将!!!」

こちらへと近づいてくる颯 樹に、和 泉は先程までの顔から一点して、にっこりと妖艶な笑みを浮かべながら、刀を鞘に収めた。
和 泉は颯 樹に近づくと、自分が来ていた羽織を颯 樹の単衣姿の上から被せた。
まるでそれが自然の動作とと言うように、すぐに颯 樹の背に自分の腕を回して、逃げられないように固定すると、顔を近づけてそのまま顎をクイと持ち上げた。

「お礼は、姫君の口付け一つでいいぜ?」
「和 泉大将、ご冗談は。それに私は、姫ではありませんから。」
「・・・真実は、どんなに隠しても、滲み出てくるもんなんだぜ?姫君。」

颯 樹にしか聞こえないように、耳元で甘く囁く和 泉の声。
颯 樹は黙って和 泉の事を見つめた。
にっこりと笑みを浮かべた和 泉は、颯 樹の手をとって、その手の甲に口付けを一つ落とした。

「あーーーーーー!!!!!!何やってるんっすか!どさくさに紛れて!和 泉大将!!!!」

騒いだのは、大 助。
何してるんだと、掴みかかりそうになるのを、葵が羽交い締めにして止めに入っていた。

「はーなーせー!!!!」
「あれは和 泉様のいつものご冗談ですから、ご辛抱を。」
「どー言うー冗談なんだよ、それ!!!!はーなーせー!!!」

必死に葵は暴れる大 助を落ち着かせるように、説得を心見ていたが、それを聞いて、避けに暴れるのは、無理もない。
和 泉はそんな二人を和やかな雰囲気で目を細めて見ると、颯 樹の腰に手を回したままの状態で、甲 賀に刀を差しだした。

「野郎の物を奪還するなんて趣味、持ち合わせてないんだけどねぇ。」
「別に頼んでないんですけど。一応、礼だけは言っておきます。颯 樹ちゃんから。」
「は!?私!?」
「それは願ってもない事だね。お礼は夜じっくりと聞かせてもらおうかな。姫君の可愛い囀りと共に。」

女であれば、誰もが和 泉の毒牙にかかる妖艶な言葉。
熱い視線と、甘言の数々。
甘さを含めた吐息を、わざとらしく耳元に吹きかける和 泉。
颯 樹は少し眉間を皺を寄せて、和 泉を睨んだ。

「何も殺さなくても…。」

先程まで、共にいた姫。
楽しそうに笑っていた姫の声はもう・・・聞こえない。
颯 樹は唇を噛みしめた。

「彼女が皇太子の犬だって知らなかったのかい?」

和 泉は全員を見つめた。
颯 樹だけは視線を逸らした。
なんとなく気付いていた。
だが、外れて欲しかった。
ただの逢い引きであってほしかった。
でも、颯 樹の願いはあっさりと翻された。

「元々は間者ではなかったはずです。」

颯 樹は静かに語り始めた。

「皇太子は、とてもお優しくしてくれると、喜んでおられました。」
「淡夢でも見たのか…彼女なりに、事情があったのか。」
「・・・わかりません。ですが。」

颯 樹が唇をかみしめた。
するといつの間にか颯 樹の後ろにまわった甲 賀が、ポンと頭に手を乗せた。
それは、もう何も言うなと言うような、優しい手つき。
甲 賀は黙って首を横に振った。
それを見て、和 泉は肩を竦めると、颯 樹の腰にあてていた手をそっと離した。
その代わり、最後にと手をギュっと握り絞めた。

「憂い顔の姫君も魅惑的だけど。俺としては、笑顔が好きなんでね。一瞬に笑顔に変える魔法を使ってあげる。特別だよ?」
「魔法?」
「うん。」

パチンと和 泉が指を鳴らした瞬間。
ざわっ…と風が動いた。

「あそこ、見てみな。」

そう言われて、和 泉が指差した方向を見つめる。
そこには、雪 桜 隊の面々の姿が。
毒を仕込まれていたかもしれなかった、大 和や九 条、紀 伊の姿もあった。

「お前は一人じゃないんだよ、いいね?」
「和 泉大将。」
「それじゃ、また会うまで良い子にしてなよ。葵、椿、戻るぜ。」
「御意。」

葵は颯 樹に頭をさげると、すぐに和 泉の後に続いた。
そして椿は、颯 樹の手をギュっと握り絞めた。

「颯 樹様、ご武運を。」
「椿も気をつけてね。」
「はい。では、皆様方、失礼致します。」

軽やかに葵たちの後を追って行った。
残されたのは、遺体の山と・・・ふと甲 賀は日 向たちがいた方へ視線を向けた。
そこには、すでに二人の姿はなく、更 月 姫の遺体もなくなっていた。
ただ、血だまりだけが彼女の生きた証として残されていた。




「はぁ・・・酷い目に合いましたわぁ。」

更 月 姫の首を持って、皇太子の目の前に現れた日 向は、首から滴り落ちる血で衣装が赤く染まっていた。
予め用意してあった、首を入れる箱の中へと放り込んだ。
塩が沢山敷き詰められている中、涙を流した跡のある可愛そうな姫君。
皇太子はその首に近づくと、目から零れていた涙の跡を指で辿った。
それをジッと後ろから眺めていた日 向の表情は無表情そのものだった。

「伊 勢 颯 樹は、ここ数年で随分と人脈が広がってるようだね。」
「颯 樹ちゃんの暗殺術は、人を惹き付けるんやと思いますわ。」
「ところで、甲 賀 瞬の出自はわかったの?」
「それが美味い事、隠されてまして。どこぞの官僚さんが手助けしなければ、こないに複雑に過去を隠蔽出来るとは思いませんけどなぁ。」

ふと人の気配を感じて日 向は後ろを振り返った。
そこには見知った顔が一人。
さすがの日 向も目を見開いた。

「・・・なんで?」

思わず言葉が零れ落ちる日 向に、してやったりと皇太子も得意顔になった。
重い腰を持ち上げると、後ろに控えている女性を紹介した。

「あ、そうそう。満、紹介するね。彼女が、嘩一族の一の皇女。更 月 姫。」
「え?じゃ・・・この子は?」

日 向はそっくりな顔の少女の首を見つめた。
今まさに現れた「更 月 姫」と名乗る女が近づくと、日 向は自然と柄に手を持って行った。
異様な程の殺気を感じる。
これは、姫君が発するような気ではない。
日 向は咄嗟に皇太子との間に、わって入った。

「初めましてかしら?私くしが、嘩一族の一の姫、更 月です。」
「なら、この子は何?」
「私くしの双子の妹。二の姫ですわ。」

まるでゴミでも見るかのように、見下ろすその視線が、あまりにも冷たかった。
日 向はしばらく更 月 姫を見つめて、ようやく柄から手を離した。

「皇太子サンも、お人が悪い。影武者なら、影武者とそう言って下さればええのに。」
「一国の皇女を、あんなに抱けるわけがないでしょ?少しは頭で考えてみれば分かるんじゃないの?」

いや、あんたならやりかねない。
日 向はそんな事をふと頭の端で思い浮かべながらも、苦笑した。

「ほんま、皇太子サンには叶いませんわ。」
「彼女とは同盟を組んだんだ。」
「同盟…ですか?」

皇太子はニヤリと笑みを浮かべた。
予め呼んでおいた皇太子専用の乗り物が到着すると、皇太子と更 月 姫はその中へと乗り込んだ。
日 向は入り口を閉めると、すぐ側に立った。
窓から見える二人の顔は、同盟を結んだ間柄にしては、互いに警戒心があって、面白い緊張感のある雰囲気になっていた。

「彼女は、今は蒼の国で宮仕をしているんだよ。」
「宮仕・・・ですか?御姫サンなのにですか?」
「彼女は妹を更 月 姫にして、ご自分の身を守られた。素晴らしい機転と羽切の良さだとは思わない?」

機転と羽切の良さ。
双子の妹ですら、斬ってしまえる程の冷たい人間。
嫌いではないが、そう言う人間は裏切るのも早いものだ。
日 向はそれくらいわかっているであろう皇太子に、視線を向けた。

「互いの利害が一致したからね。目的までは、同盟を組む事にしたんだ。それに、彼女こそが『天つ風』になりうる可能性を秘めているかもしれないし。」

天つ風?
日 向は、少し驚いたように更 月 姫の事を見た。
すると更 月 姫はにっこりと優しい笑みを浮かべた。

「古来より、天つ風の『証』とも言える、天つより『授かる物』がございます。」

そう言うと、彼女は首飾りの一つを手で持ち上げた。
小さな乳白色の珠が着いていた。
真珠にしては、大きすぎ、色も違う。
どの宝石にも匹敵しない、不思議な色合いを放っていた。

「私くしが生まれ落ちた時、これを強く握りしめていたのです。」
「これで、僕も安泰。天つ風は時代の覇者とならしめんと、昔から言うしね。」
「ええ。私くしがいる限り、その国は永遠に安泰ですわ。」

成る程。
この女のどことなく来る、高飛車な態度は、自分一人の存在で国が動かせる力があると思っている所からのようだ。
日 向は興味がないように、前を向いた。

「ねぇ、満。知ってる?本来、天つ風の力は、汚れ無き者でないとダメなんだよ。その為には、どんな犠牲も仕方ないんだよ。」
「汚れ無き者・・・ほな、そちらの御姫さんは大丈夫なんやろか?」
「あら、それはどう言う事かしら?満。」

『満』と突然に呼び捨てにされて、一瞬日 向の顔が硬直した。
だが、それもほんの一瞬に過ぎないので、誰も気がつきはしない。
日 向はニッコリと笑みを浮かべた。

「妹さん、殺してしもて、大丈夫なんですか?」
「あら、アレは私が殺したんじゃなくて、あなた方軍部の方が、よってたかって殺したんじゃないの。なんて可愛そうな、我が妹。」

だが、その直後に更 月 姫は高らかに笑い続けた。
まるで首壺に入っている妹が「ばかだ」と言わんばかりに。
日 向は自然と拳を強く握り込んでいた。

「ご自分の妹が、男に姦淫されても、なんとも思わへんのですか?」
「それはあの子も覚悟の上よ。お姉様の為に、私も何かお役に立ちたいって、自分から言って来たんだから。私からやれって言ったわけではないわ。」
「さいですか。」

姫とつくだけで、これだけの違いがあるものだろうか。
日 向はこみ上げる怒りと嫌悪感を外に出さないようにするのに必死だった。
国の数があるだけ、姫は存在する。
多くの姫の中には、こんなのも存在するのだろう。
そう納得させながら、宮殿への帰途へと向けてひたすら歩き続けた。





 

後書き 〜 言い訳 〜
 
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。


文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

掲載日  2012.02.02
イリュジオン


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