【 第 十 話 】 


「うわぁ、これが噂の温泉郷ね!!!」

もくもくと白い煙が、そこら一体に充満している。
時折風にのって、硫黄の匂いまでも鼻につく。
前をはしゃいで歩く更 月 姫。
その後ろから颯 樹と甲 賀はゆっくりと周りの景色を見ながら歩いていた。
眼下に見えるのは、今日からお世話になる宿。
崖の下に作る宿。
甲 賀と颯 樹は一瞬にして眉間に皺を寄せた。
クルリと身体を反転した更 月 姫は、2人が同じ顔をしてる事を疑問に思って、2人の眉間にそれぞれ指を押し当てた。

「なーに、2人して。せっかくお休みもらったんだから、楽しく行こうよ!ね!颯 樹ちゃん!」

更 月 姫は颯 樹の腕に自分の腕を絡ませると、宿に向かって走りだした。
甲 賀は周りを十分に見渡して、大きなため息をついた。

「なんで、こんな所に宿なんか作ったんだろうねぇ。」

小さなつぶやきは、自分を呼ぶ更 月 姫のデカイ声でかき消された。

「はいはい、今行きますよ。」

本当に嬉しいのか。
それとも、何かの罠か。
甲 賀は、自然と自分の脇に刺してある刀に手を置いた。
何か異様な気配を感じるのだが・・・気のせいだろうが?
更 月 姫にいくら呼ばれても、自分の歩くペースは替えずに、ゆっくりと崖下の宿へと到着した甲 賀。
そこには更 月 姫しかおらず颯 樹の姿が見えなかった。

「あれ?颯 樹ちゃんは?」
「宿の人に到着を知らせて来るって。さ、中に入ろう!!」

今度は甲 賀の右腕に腕を絡ませようとした。
だが、甲 賀はとっさにそれを振り払ってしまった。
更 月 姫がショック受けたように、その場に固まって仕舞った。

「ああ、ごめんね。ほら、こっちっていざって時に刀を握りるからさ、こっちなら、どうぞ?」

そう言って左手を差し出した。
「うん」と更 月 姫は、まるで恋人のように甲 賀によりそって宿の中へと入ってきた。
だが・・・
中に入って颯 樹が誰かと話している事に気がついた。
俯く颯 樹は、ある一つの癖を示している。
甲 賀は、更 月 姫の腕をやんわりと断って、颯 樹の元へと駆け寄った。

「なによ、颯 樹、颯 樹って。どうせ、あの子の命もあと少しなんだから、構う必要なんてないのに。」

更 月 姫はポツリと独り言を呟いた。
だが、一向の戻って来る気配のない甲 賀。
更 月 姫は頬を膨らましながら、2人へと近づいた。
颯 樹と甲 賀の他にもう1人の男がいた。
更 月 姫にとっては、見知ってる人物。
もちろん、颯 樹と甲 賀にとっても。

「いやぁ、君もいたんや、雪 桜 隊サン。」
「日 向さんがこんな所にいるなんて、本当に奇遇ですね。」

ニコニコとした笑顔の応酬。
颯 樹は、脇にきた更 月 姫を呼び寄せた。

「日 向隊長、こちらは我らが預かっている」
「知っとるよ。更 月 姫チャンやろ?よろしゅうに。」
「初めまして。あなたも軍の人?」
「まぁ、そう言う事になりますなぁ。」

刀を一瞬だけ見せて、仕舞うさりげない仕草。
颯 樹は、その動作を見て日 向の事をジッと見つめた。

「ところで、日 向さんはどうしてこんな所に?」
「誰とは僕の口から言えへんのやけど、どごぞの我が儘な皇太子の所為で、警護の任に尽かされたんや。酒も飲めんし、女遊びも出来んし、ほんまにここは地獄やな。」

言ってるし。
全員の顔が脱落したように、肩をガックリと落とした。
それにしても、皇太子が保養施設にね。
甲 賀はロビーを見渡して、見た事のある顔をいくつも見つけて、深いため息をついた。
何人かは、甲 賀の顔を見て、血相をかえてどこぞへ行ってしまったが。
なんとなく先が読めた甲 賀は、面白そうに口もとを上げた。

「颯 樹ちゃん、もしかして僕達の部屋って、離れ?」
「はい。大 和大将が少しでも気が楽になるようにって。内風呂付きらしいです。」
「内風呂ねぇ・・・」

そんなの使わないとは思うけど。
甲 賀は颯 樹にむけて自分の荷物を投げてよこした。

「うわっぷ!」
「ちょっと散策に行って来るから、あと宜しくね。」
「あ、私も一緒に行く!!!颯 樹ちゃん、荷物ごめんね、よろしくね!!!」

颯 樹の返事を待たずに、2人はまた外へと消えて行ってしまった。
颯 樹の両腕、足下には大量の荷物。

「はぁ。」

全てを持とうとした時だった。
日 向が更 月 姫の荷物を持ち上げてくれた。

「いいですよ、自分で運ぶから。」
「ええから、人の好意はありがたく受け取ると、エエ事あるで?」

そう言いながらも、日 向は颯 樹達の部屋へと向かって歩いていた。
離れと言うから、本当に本館からかなりの距離があった。
周りは庭園の木々で生い茂り、本館の音など微塵も聞こえては来ない。
ゆっくりするのには、最適な場所だ。

「よいっしょ。」

日 向が部屋の前で荷物だけを置くと、そのまま背を向けて帰ろうとした。
本当に荷物を運んだだけにすぎないらしい。
颯 樹は、とっさに日 向の事を呼び止めた。

「満 月(みつき)、あのっ!」
「気ぃつけや?また、あの人が新たな刺客と策略持って、命を狙うとる。生きるんやろ?」

いつもとは違う日 向の低い声。
日 向は背中越しに、颯 樹の事を見た。
その顔は先程までの人を食ったような表情ではない。

「取り戻すんやろ?」
「満 月は…決めたの?」

颯 樹が今までとは違う言葉使いになり、日 向はやっと颯 樹と向かい合った。
そして、懐に入れてあった一つの銀製の銃を手渡した。

「これは…。」
「使い方は、わかるな?」

日 向に言われて、颯 樹は一つ頷いた。
それで良いと、日 向は颯 樹から一歩足を引いた。

「お互いに生き残る為に、ここにおる。せやな?」
「そうだけど…満 月に危険な事があるのは、私には我慢出来ない。」
「平気や。」

そう言って、日 向は颯 樹の頭を優しく撫でた。
まるで壊れ物を扱うように、優しく優しく・・・。
そのまま流れるような仕草で袂から古びた手作りのお守り袋を取り出した。
それに見覚えがある颯 樹は、目元を緩めた。
そして、颯 樹の袂からも、同じ模様のお守り袋を取り出した。
中には、ある人の想いが込められている。
愛情が込められている。
颯 樹はお守り袋を、優しく握り絞めた。

「満 月、本当に身体だけは気を付けてよ?もしも満 月に何かあったら。」
「大丈夫や、僕はコレがある限りは、無敵なんやで。ほな、雪 桜 隊の奴が帰って来たみたいや。ほら、元の颯 樹ちゃんに戻りぃ?」

日 向はトントン…と自分の眉間を叩いた。
颯 樹と日 向は、守り袋を袂に仕舞い込んだ。

「気ぃつけや。実行役は僕も知らされてへん。ええな?」
「…日 向さん、そんな事言って、大丈夫なんですか?」
「別に、雑談や、雑談。」

少しづつ近づいて来る甲 賀と更 月 姫。
べったりと腕を絡めたその姿は、まるで新婚旅行のようにも見える。
さしずめ、自分は護衛か小姓か。
まぁ、どちらにしても仕事的な内容は合ってるのだが。

「随分と早いお帰りやないの。」
「この辺って、何もないんで、びっくりしたよ。で、君はなんでこんな所にいるの?」

一定の距離を置いて、甲 賀の足が止まった。
自然と更 月 姫を自分の後ろへと隠した。
そんな甲 賀の行動を横目で見ていた日 向は、ニヤリと口元を歪めた。

「1人でぎょうさん荷物抱えて、大変やろ思ったから、運んであげただけや。そっちだけええ思いしてきたんやから、お互いに目を瞑りましょうか。」
「別にいい思いなんてしてないんだけどね。」
「颯 樹ちゃん、ほな。」

軽く頭を下げると日 向は何もせずに甲 賀達の脇をすり抜けていった。
だが、甲 賀がそれを許す事はなかった。
刀を引き抜いて、日 向の首筋へと刃を当てた。

「なんです?」
「竹 千 隊のみなさんに挨拶はしてきたよ。他に橘 華 隊もいたみたいだけど。単なる物見遊山って感じじゃないよね。」
「さぁ?皇太子の我が儘で突然に決まった事や。こっちの予定なんぞ、知ろうともせんから、みんな色々とキャンセルして殺気だってると違いますか?」
「だったら、貸し切りにでもすればいいじゃない。」
「そないな事したら、さすがに民衆の覚えが悪うなる。それくらい、甲 賀さんなら、分かるのと違いますか?皇太子は、次期皇帝なんですから。」
「次期皇帝「候補」…でしょ?」

甲 賀は静かに刀を収めた。
其れを横目で見て、日 向は両腕は袖の中へと引っ込めた。

「ほんま、雪 桜 隊の皆さんは血気さかんやなぁ。これで何度目やろ。刃向けられるんわ。ほんま、僕って寛大な男や〜。」
「別に、報告したって構わないよ。その方が皇太子に僕の存在がいるって、わかるだろうしね。」
「刃を抜いて、粛正されるんは、僕でなく君の方。嫌でも地位は存在する。地位さえあれば、動きやすうなる。皇族に気に入られれば、尚の事や。」
「僕を殺すの?出来るものなら、やって欲しいね。」

日 向は甲 賀の事を見て、更 月 姫の事を見た。
更 月 姫は、まるで怯えるように甲 賀の後ろへと身体を震わせて隠れていた。
そんな更 月 姫に、日 向は顔を近づけた。

「女の武器は、怖いなぁ…そう、思わへん?」
「わ、わかりません。」
「そう?」

更 月 姫に近づいた瞬間に、颯 樹が咄嗟に前に出て来た。
甲 賀と日 向の間。
鞘に手をかけて、戦闘する意志をみせつけながら、颯 樹は日 向の事を睨み付けた。

「更 月 姫に手出し無用。」
「はーいはい。邪魔者は退散しますわ。またね、更 月 姫ちゃん♪」

軽い足取りで去って行く日 向。
甲 賀はチラリと更 月 姫の事を見つめた。

「あんた、日 向 満と知り合いなの?」
「知らない。初めてお会いしました。でも…なんだか、あの人怖い。」

微かに震える手で、甲 賀の袖を掴んだ。
その震えをチラリと見てから、甲 賀はニッコリと微笑んだ。

「ま、普通の人間の意見だろうね。颯 樹ちゃんも、中に入って一休みしよう。」
「はい。」







 

後書き 〜 言い訳 〜
 
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。


文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

掲載日  2012.05.26
再掲載 2012.02.02
イリュジオン


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