【 第 四 話 】 


劣勢とも言われた朱の部族の、世紀の大局返し『朱蒼の戦い』から、早三月。
雪 桜 隊の仲間と、更 月 姫は都に戻り、普段通りの生活に戻りつつあった。
最初の頃は、隊舎内で更 月 姫の処遇についての話し合いが何度も繰り広げられた。
更 月 姫事態が、颯 樹にしか心を開かないと言う事もあってか、戦場から戻って来ても、颯 樹は更 月 姫の護衛職の仕事が加算される事となった。
皇帝への報告は、すでに済んでいる。
だが、皇帝は更 月 姫を通常の「姫」として扱おうとしない。
しかも投獄させようとまでしていたので、大 和がなんとか皇帝を取りなして、雪 桜 隊預かりにて、監視する事となった。
確かに、あの戦場で格子天幕にいた彼女。
彼女だけを残しての撤退と言うのが、戦乱に出ている者であれば、ひっかかりを感じる。
だが、大 和は更 月 姫を「監視する」と言っても、何不自由ない生活をさせていた。
唯一、不自由だと言えば、外出の際は必ず九 条の許可と、颯 樹の同行が義務付けられているくらいだ。
颯 樹はと言うと、通常の都の警備と共に、壱番隊の副長としての九 条の手伝い。
相変わらずの夜の暗殺命令などの特別任務をこなしていた。
普通の男でも、相変わらずの激務だと思う。
だが、それは限られた人間が知るだけで、それ以外の者からすると、颯 樹が仕事をしていないようにしか見えない。
だからこそ、相変わらずの下劣な噂は絶えなかった。
颯 樹は、一仕事を終えて、軍部に所属している人間が使用許可されている食堂へと足を向けた。
今すでに夕方。
朝から何も食べていない事に気がつき、都の見回りの前にふらりと立ち寄ったのである。食堂に入れば、何百人も収容できる程のテーブルが並ぶ。
中途半端な時間な所為か、あまり人はいなかった。
颯 樹は、給仕のおばちゃんに声をかけた。

「おばちゃん。」
「おや、颯 樹ちゃん、やっと来たね。今日は朝から姿を見てなかったから、心配していたんだよ。」

給仕の優しい言葉に、颯 樹は苦笑した。
まさか、食べることを忘れてました・・・なんて言えない。
颯 樹は曖昧に言葉を継げると、いつも注文する定食を手に取った。

「これは、おばちゃんからのご褒美。」

そう言って、大福餅をそっとお盆に載せてくれた。
颯 樹は嬉しそうに笑みを作った。

「ありがとう。ごちそうになります。」

礼儀正しく頭をさげると、人気を避けて、席に着いた。
座った途端に、大きなため息をついた。
きっと、九 条は忘れてる。
何を忘れてるかって・・・

「私の休日…いつになったら来るんだろう?」

はっきり言って、三ヶ月間は休みなしで働いている颯 樹だ。
他の者はちゃんと持ち回りで、休日を貰っているのだが・・・颯 樹の場合、九 条との兼ね合いや、他の隊長格との兼ね合いで、なかなか休息日と言うのを貰えない立場にあった。
だが、通常にも増して仕事が増えているのだから、疲れはそれなりにたまっていた。
あまり食欲はないのだが、食べないといざと言う時に動くことが出来ない。
颯 樹は、ちらりと胃の辺りを手で触ってから、箸に手を着けた。

「こんな時間に、ご飯やなんて、随分と酷い扱いされとるみたいやなぁ、颯 樹チャン。」

ご飯を口にしようとした瞬間に、颯 樹に掛けられた声。
颯 樹の正面に座ってる一人の男。
ニコニコと笑みを浮かべて、颯 樹を見つめるこの男は、日 向 満(ひゅうがみつる)。
竹 千 隊(ちくせんたい)と呼ばれる、皇太子直轄護衛軍の一番隊隊長である。
元、颯 樹の上司だった男。
それにしても、全く気配がなかった。
正面だと言うのに、座った事にすら気付かなかった。
颯 樹の眉間に皺が寄った。

「何かご用ですか、日 向隊長。」
「いややわぁ。もう上司と部下やないんやから、昔通りに『み・つ・る♪』って呼んでもええやん。」
「ご遠慮致します。」

満はテーブルの上に、自分の刀を置いた。
それは、相手に対して殺意がないことを示す。
颯 樹はその刀をチラリと見てから、深いため息を着いた。

「物騒な物を見ながら食事する趣味はありませんから。」

だから、仕舞えと視線だけで訴えかけた。
何を考えてるのか、わからない男。
いつもニコニコと笑みを絶やさない。
それは、颯 樹の部隊の甲 賀も同じなのだが、甲 賀とは種類が違う。
満の場合は、どちらかと言うと・・・まるで蛇のような、感覚。
素知らぬふりをしていながらも、無条件に相手に恐怖感を募らせる。
嫌味のある笑みは、彼から本心を全て消し去っていた。
満は「おやおや」と独り言を零しながら、刀を隣の空いてる椅子へとおろした。
自然と刀の行方を視線で追う颯 樹に、満はニィっと特有な笑みを浮かべた。

「颯 樹チャン、相変わらず虐められてんねんね。」
「あなたの下にいた頃に比べれば、虐めになんて入りません。」
「僕、そないに颯 樹チャンの事を虐めてへんよ?」

どこがだ。
何かにつけては、失敗させようと画策してきていた。
誰も颯 樹を信用させないように、常に満は颯 樹に冷たい態度と、言葉を浴びせていた。
だから、颯 樹は前の軍部では、孤立無援の状態だった。
それに比べて今は、大 和も九 条もいる中で、安心できる場所を見つけた。
他の隊長格も颯 樹の実力をちゃんと理解して、認めてくれている。
仲間と言う言葉にしていいのかは、疑問が残るが、それなりに楽しくは暮らしている。
あの頃の・・・。
辛くて、一人で部屋で泣いていた頃とは違う。

「別に、日 向隊長に虐められたなんて言ってません。」

他の軍部とは言え、相手は隊長。
ご飯を食べながら話すような、失礼な事は出来ない。
颯 樹は手に持っていた箸を置いた。
ふとそれに気付いた満は、不思議そうに颯 樹の事を見た。

「食べへんの?」
「隊長と話しているのに、食べながらなんて失礼な事、出来ません。」
「別に気にせぇへんよ。お食べ?」
「雪 桜 隊の品格に関わりますので。何か、私にご用件がおありですか?」

まるで他人のような言葉使い。
満は微かに表情を動かした。

「颯 樹チャン。僕の事、嫌い?」
「嫌いっす。」

へ?
颯 樹が応える前に、声だけが響いた。
よく聞き覚えのある声に、颯 樹は横を向いた。
こちらに向かってくるのは、伍番隊の相 模隊長と、参番隊の大 助君だった。

「颯 樹!!」

大 助君は心配そうに、駆け寄って来ると、颯 樹の背後に立った。
ポンと肩に手を置くと、目の前の日 向を睨み付けた。

「颯 樹、なんともないか?」
「なんや、僕がえろー悪人にされてるみたいやなぁ。」
「みたいじゃなくて、悪人だろうが。伊 勢で遊ぶのはやめて貰おうか、竹 千 隊の一番隊隊長さんよぉ。」

満の言葉尻を取って、相 模はドンとテーブルに手をついた。
確実に威嚇行為だ。
ジーッと睨み合いが続く。
最初に視線を外したのは、案の定と言うか・・・満の方だった。
満は席を立ち上がると、颯 樹のことを見下ろした。

「護衛職が護衛されとる気分って、どない?」
「・・・別に護衛されてる訳ではないです。」
「じゃ、監視されとるんやね。相変わらず、信用されへんなぁ、君。」
「・・・。」

颯 樹は黙って満の事を見上げた。
満の表情は相変わらずの、笑みを浮かべているだけだ。
でも、細い目で颯 樹の事をまるで心の中まで見ようとするかのように、見つめていた。
その視線を遮ったのは、相 模だった。
颯 樹と満の間に、相 模が入ったのである。

「竹 千 隊ってのは、随分と暇みてぇだなぁ。」
「あらま。どうやと思う?君ならよーわかっとるはずやな?」

まるで脅しのように颯 樹に話しかける満。
先程までの優しい声とは、違う。
冷たく突き放したかのような声。
颯 樹は黙って睨み返していた。

「こっちは、あんたと遊んでる暇、ないんだよ。」
「別に僕、君達と遊ぼうなんて思っとらんよ。遊びにもならへんやろし?」

それだけ言うと、刀を手に取った。
一瞬にして、満から殺気が放たれる。
その殺気に反応するかのように、大 助と相 模も刀に手をかけた。
一触即発。
まさにその状態。
だが、颯 樹だけは違った。
一瞬の殺気を出す、満の行為事態が遊びの一環だと言う事はよく分かっている。
伊達に隊長職をしてるわけではない。
殺気を放った一瞬で、勝負は決まる。
だが、気を放っただけで、抜刀する気配はない。
颯 樹は満の刀を握る手の筋を、スッと睨んでから、視線を外して相 模を見上げた。

「相 模さん、大 助君。」

緊迫した空気の中に、凛とした颯 樹の声。
息を詰めていた二人は、颯 樹の声で刀から手を引いた。
ゆっくりと息は吐き出して、改めて満の事を見た。

「颯 樹チャン。いつでも戻って来ぃ?休みもくれへんような、アホな部隊なんて、いる必要あらへんよ。」
「・・・日 向隊長。」

颯 樹はそれだけ言うと、頭を下げた。
その仕草に、満は興ざめとした感じで、背を向けると、何かに気付いたかのように一点だけを見つめた。
何かを探るような目つき。
だが、それも一瞬の事で、満の口元がニヤリと弧を描いた。
そのまま、背中越しに三人へと視線を送った。

「まぁ、雪 桜 隊の皆サンも気ぃつけることやなぁ。」

先程の声よりも少しだけ声を張る。
まるで遠くの誰かに聞かせるかのように。

「なんだとっ!」

再び、相 模が自分の柄へと自然と手をあてた。
満は、クルリと反転して、静かに足を一歩だけ下げると共に、若干腰を低い位置へと固定した。
これが満が抜刀する際の、特有の構え。
颯 樹が何度となく見てきた姿だ。
ゆっくりと満も鞘に手を添えて、柄をまるでじらすように、ゆっくりと指一本づつ握り締めていく。

「抜刀したら、その場で処断出来るんは、君達雪 桜 隊よりも僕の方やって事。」
「相 模さん!」

颯 樹の殺気の籠もった声で、相 模は仕方なく、柄から手をどけた。
それを見届けてから、満も鞘から手を離して、普通に立った。
だが、足だけはいつでも、踏み込める位置にある。
颯 樹はその足先を見つめて、唇をかみしめた。
こんな所で、争い事でも起きれば、九 条さんだけでなく、間違いなく雪 桜 隊全体の問題として、格好の餌食になってしまう。
颯 樹は黙って満の事を睨み付けた。
颯 樹の無言の訴えを受け取ったように、満は颯 樹達へと背を向けた。

「忘れんといた方が、身のためやと思いますわ。ほな、颯 樹チャン。またな。」

殺気をその場に残したままで、満は食堂を後にした。
姿が完全に見えなくなるまで、相 模と大 助は満の背中を睨み付けていた。

「はぁ・・・。」

颯 樹が大きく息を吐き出すと、大 助は颯 樹の隣に、相 模は斜め前の椅子に腰を降ろした。
お互い、こんな時間にここにいるのが不思議であるのだが・・・その前に。
相 模は、満の事を思いだしては、頭に血がのぼっていた。

「ったく、あの野郎。昔からいけすかねぇ野郎だったが、本当にムカツク奴だぜ。なんで俺達の部隊があんな奴の部隊の下なんだよ。皇帝も、よくわからねぇよな。」
「本当だよ。実質上の動いてるのは、俺達の方が断然多いってのにさ。そうだ、颯 樹、何もされなかった?変な事とか言われなかった?」
「そうだぜ。あいつの言う事なんか、気にする必要ねぇからな。」

二人して、颯 樹を気遣うその様子に、颯 樹は吹き出してしまった。
突然笑い出した颯 樹に、相 模と大 助は意味が分からないように、互いの顔を見合わせた。
しばらく笑っていた颯 樹を見て、二人の中に渦巻いていた怒りが静まっていく。
二人も自然と顔に笑みが浮かんでいた。

「それよりも、伊 勢。休みがねぇって何の話しだ?」
「ああ。ここ三月程ですけど、無休で仕事してたのを、日 向隊長にバレてしまって。」
「「三ヶ月も、休みなし!?」」

相 模と大 助は声を合わせて、驚いたように席を立ち上がった。
颯 樹はそれに圧倒されて「はい…まぁ。」とあいまいに答えたのだったのだが・・・。
相 模はガックリと肩を落として、再び椅子に腰を降ろした。

「なんだよ、日 向の野郎の言ってる事が合ってんのかよ。」
「颯 樹、今日の見回り俺が監督するから、少し休めよ。」
「いえ、大丈夫です。これ食べたらすぐに行きます。」

そう言って、颯 樹はやっと冷めてしまったご飯にありつけた。
じっと見つめる、一対の目。
影に隠れて、颯 樹の後をつけていた更 月 姫だ。
悔しそうに唇を噛みしめた。

「こんな所で、何してるの?」
「!?」

突然、声を掛けられて一瞬身体が硬直した更 月 姫。
横を見れば、いつも通りの笑みを浮かべた甲 賀が立っていた。
トントン…と刀で肩を叩いていた。
更 月 姫が先程まで見ていた視線を見て、甲 賀はおや?と声を上げた。

「あれ?颯 樹ちゃんじゃない。こんな時間にご飯とは…さすが大食らいの颯 樹ちゃんだと思わない?」
「え?え・・・ええ、そうね。」

視線を彷徨わせる更 月 姫に、甲 賀はさらに笑みを深くした。

「夜まで待てないんだねぇ。あー嫌だ。嫌だ。僕はああ言う女の子はごめんだね。やっぱり。あんたみたいに、気品ある子の方が好みだなぁ。」
「別に、私は…。」
「九 条さんも言ってたよ。颯 樹ちゃんも少しは更 月 姫のようにならないもんか…って。」
「和 臣が!?」
「うん♪言ってた。」

ニコーっと満面の笑みを浮かべた甲 賀の表情。
慣れた者であればすぐにわかる『偽り』の顔。
だが、更 月 姫にはその甲 賀の『偽り』を見抜く事は出来なかった。
嬉しそうに自分の両手を包み込んで、顔が綻んでいた。
そんな更 月 姫を、ジッと見つめる甲 賀の目。

「そう言えば、あんたの所に伝言いってない?」
「伝言…?」
「あれー?颯 樹ちゃんに言ったって言ってたみたいだけどなぁ。」
「颯 樹…。」

更 月 姫はチラリと颯 樹の方へと視線を向けた。
相 模と大 助に囲まれて、楽しそうにご飯を食べながら団らんしている姿。
更 月 姫も、気がつけばいつも周りに雪 桜 隊のメンバーが取り囲んでいる。
だが、そこには必ず自分を監視している名目で側にいる颯 樹の存在。

「颯 樹ちゃんから、何も聞いてないよ。」
「ふーん。大食らいの上に職務怠慢ねぇ。ホント、大物だよね。あの子。九 条さんがあんたの事を呼んでいたんだよ。」
「和 臣が!?」

更 月 姫は嬉しそうに、颯 樹に背を向けた。
そんな更 月 姫に甲 賀は声をかけて足を止めた。

「あのさ、九 条さんに言っておいてくんない?」
「和 臣に?」
「呼び出しの伝言は、僕から聞いたって。聡い九 条さんなら、あの子の怠慢を見抜いてくれるからさ。」

更 月 姫は、嬉しそうに頭を下げて小走りに九 条の元へと行った。
そんな更 月 姫の後ろを姿を、微笑ましく見つめていた甲 賀。
姿が見えなくなった瞬間に、スッと笑みが消え、無表情になった。
チラリと大騒ぎしている3人…いや、正確には2人だが…へ視線を流した。

「やれやれ…颯 樹ちゃんも何を考えているんだか。」

人の気配に敏感な颯 樹が、自分の後を誰かがつけている事ぐらいわかったに違いない。
しかも、あんな素人な尾行の仕方。
分かっていて、放っておいて。

「まぁ、確かにあの子が颯 樹ちゃんの後を付いていくのは、初めてじゃないしね。」

適当に泳がせているのか。
それとも無害と認定しての無視なのか。
甲 賀には颯 樹の考えが分からなかったが、ただ一つだけ分かる事がある。

「サガさん達に機会を潰されるのはだけは、ごめんだね。」

ニヤリと笑みを浮かべると、甲 賀もその場から姿を消した。
フワリと消えた気配に、颯 樹は騒ぐ2人を余所に、ふと顔を上げた。




 

後書き 〜 言い訳 〜
 
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。


文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

掲載日  2011.10.13
再掲載 2012.02.02
イリュジオン


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※こちら記載されております内容は、全てフィクションです。