【 第 一 話 】 |
夏王朝は、四つの部族の内の一つ、朱(しゅ)の部族長が皇帝の玉座に座っている。 それを良しとしない部族との抗争が、幾年も続いていた。 朱の部族と蒼(そう)の部族との戦い。 朱の部族 兵士8万に対して 蒼の部族 兵士50万。 数だけで見れば、あまりにも優劣が見えすぎた戦いだった。 だが、これから起こる戦いは、歴史に名を刻んだ有名な『朱蒼(しゅそう)の戦い』 劣勢な朱の部族が、驚異的な力を持って、盤上をひっくり返す大局である。 この戦いの最前線で指揮を取っていたのは、『雪 桜 隊(せつおうたい)』と呼ばれる攻撃部隊。 彼らが通った後は、草木一つ残らないと言われる程の者の集まり。 ただし、出自は不明者が多く、部族内では「ならず者」の集まりと罵られている。 だが、朱の部族で最強であるのは間違いない。 今までの数々の戦いの勝利は、彼らの貢献がなければ、成し遂げられたものではないからだ。 雪 桜 隊を率いるは、大将の大 和 蒼 仁(やまとそうじ)。 まだ26歳と若い大将ではあるが、実力は折り紙付き。 今では神威国に吸収されてしまい、没落をしてしまったが、昔はこの辺り一帯を収めていた大 和族の末裔である。 おおらかな性格は、部隊の者からの信頼も厚く、その器量の大きさは、兵卒からも憧れの対象とされている。 大柄な体格は、見た目は恐怖を煽る事もあるが、心根は優しい御仁である。 その統率力は、どの部隊よりも引けを取らない。 そんな大 和の右腕となっているのが、大 和族の時代からの大 和付きだった武官貴族 九 条家の忘れ形見。雪 桜 隊副将/壱番隊隊長である、九 条 和 臣(くじょうかずおみ)。 大 和とは同じ年齢で、実質上の部隊の秩序と安定を生業としている。 大 和と違って、どちらかと言うと短気。 すぐに怒鳴り散らす性格は、どの人からも畏怖されている。 また、場合によっては冷酷無比な結論も出さないといけない立場上、鬼と呼ばれることもしばしば。 スラリと背が高く、しなやかな身体付きに、整った顔立ちで、女に不自由した事は一度もない。 常に大 和をたて、自分は悪役に徹底している程の、大 和への忠誠は厚い。 その大 和の率いる本陣の軍師役的な頭脳の持ち主。 美 濃 和 久(みのうかずひさ)である。 大 和達よりも2歳年上で、経験も豊富である。 元々は、皇帝を守る松 寿 隊(しょうじゅたい)に所属していたのが、後輩を作る意味もあり、雪 桜 隊へ転属して来たのである。 そして、見事に軍師としてその才を花開かせている。 九 条以上の冷酷な策謀や、無慈悲な行いをする事も多々ある。 だが、その柔和な人柄のおかげか、九 条の方が酷いように見える事もある。 穏やかな顔、穏やかな口調で、辛辣な言葉の羅列もしばしば。 若干、人をバカにしている所があるので、一部ではかなり嫌われている。 そんな軍師の命令で動く実働部隊が弐番隊である。 弐番隊は、特攻や暗殺を主流に動く主流部隊。 その部隊の隊長は、甲 賀 瞬(こうがしゅん)23歳が担っている。 大きな理由の一つは、彼の武芸の才能である。 武芸十八般の全てに精通し、尚且つ体術も得意とする。 頭の回転も速く、密偵でも軍師でも、オールポジション出来る、数少ない天部の才を持つ者。奇抜な作戦や、奇抜な行動で、何度も部隊を勝利へと導いている。 影役者。 大 和以外の下に着く事を嫌う彼は、性格的な難点がいくつかある。 気分屋な所もあり、機嫌が悪いときは絶対に近づいてはいけないとお触れが出るほどに畏怖されている部分もある。 遊ぶ事が大好きで、かなり器用に、色々な物を作る。 甲 賀が動く前に、必ず働いているのは「密偵部隊」と呼ばれる肆番隊である。 彼らは、外の情報はもちろんのこと、中の情報にも精通している。 大所帯の雪 桜 隊の監察役でもある。 隊長は阿 波 友 幸(あわともゆき)で22才とこちらも若い。 戦闘には不向きな所があるが、その観察眼はどの人も凌ぐ。 彼の情報によって軍師が策を練り、甲 賀達が動くと言う連携を常に取っている。 常に気配を消しているのは、普段隊舎の中にいるとは言え、滅多にお目にかかる事はない。 たまに監察役の部屋にいる事があるので、そこで捕まえるしか方法がない所が難点である。性格は、実直。 何事においてもストレートな物言いで、しばしば誤解される事も。 だが、感情を殺した状態での、実直な意見は、乱れた場面では余計に光る。 雪 桜 隊の水役でもある。 甲 賀達が動いている時の隙を突かれないように、街全体を護衛するのが特防と甲 賀達の援護をする部隊。 参番隊がそうである。 隊長は、17歳と言う史上最年少で隊長になった甲 斐 大 助(かいだいすけ)。 情に脆く、素直で優しい性格の持ち主。 まだ子供のせいか、遊ぶ事の方が楽しい盛り。 年齢の近い甲 賀とは、親友のような関係。(←自分で思ってるだけ) 誰とでも気軽に話せる為に、雪 桜 隊の接待役でもある。 ただし、頭よりも身体を動かす方が主流な彼にとっては、軍略とかは二の次。 たまに道に迷う恐れもあり、そこがたまに傷。 戦闘では唯一の二刀流での戦いであり、そのスピードはおそらくは雪 桜 隊一番・二番を競う程の実力の持ち主。 伍番隊は後詰め役として、また、文官的な役割が働く者の集まり。 隊長は相 模 幸 太(さがみこうた)。年齢は24歳。 その身体の大きさと、筋肉質な彼に惚れ込んで、何人もの隊員がこの部隊に入隊している。 本人も筋肉美にはかなりの自信がある。 唯一の弱点は、泳げない事。 水に浮かばないと、沈んでそのまま溺れている。 力の強さでは、天部の才と言われる甲 賀をも凌ぐ。 美 濃からは、「実験台」としていくつもの毒を飲まされているので、毒にも強い。 普通の毒矢や毒であれば、一次仮死状態になっても復活する事が出来る。 ただ、軍略を考えるのは、ダメ。 「筋肉バカ」と甲 賀からからかわれているが、実際にそうであるので、否定は出来ない。 ただし、人間観察においては、人の気持ちを察するのが敏感である。 部隊の中で、仲裁役になりがちな所もある。 人の気持ちを察するからか、女性の人気は、九 条と並ぶ程である。 そして最後が陸番隊。 隊長は紀 伊 成 輝(きいなるてる)医療部隊の隊長である。 経験豊富な実績と、その医療技術は、他の隊からも緊急手術を頼まれる程の腕前。 その繊細な手術は、不可能と言われる者の復活と言う奇跡を何度も呼び起こして来た。 よくわからない道具を、よく研究して作っている。 また、毒物や爆弾などの製法、処理のスペシャリストが集まっている。 元々、紀 伊は仏門に帰依する仏僧であった。 だが、仏に祈っているだけでは、世は救えないとこの雪桜隊に入隊したのである。 雪桜隊一、身体付きが大きく、背も高い。 使用する武器も、普段は小太刀を帯刀しているのだが、戦乱となった時は、かなりの重さのある八角棒を使用している。 一振りで、10人は確実に息の根を止めれる程の、剛の者である。 雪 桜 隊には何人かの女性隊士は存在するが、このように上官クラスとまともに話す事が出来るのは、一人しかいない。 九 条率いる壱番隊の副官をしている、伊 勢 颯 樹(いせさつき)。 長い髪をいつもポニーテールに結わいている姿は、誰が見ても感嘆なため息が出る程に美しい。 だが、それも恐れの対象として見られる事が多々ある。 それは、彼女の仕事に由縁している。 彼女の仕事はもちろん、壱番隊隊長である九 条の補佐をする事である。 その『補佐』にも色々な意味がある。 九 条は、壱番隊隊長であると同時に雪 桜 隊の副将。 それはつまり大 和大将の補佐をする事になる。 雪 桜 隊の規律を厳しく律しているのは、他でもない九 条本人であった。 だからこそ、雪 桜 隊にとって『お荷物』とされる者は、他言される前に暗殺して殺して来たのである。 その暗殺を命令しているのが、九 条。 それを実行しているのが・・・彼女、伊 勢 颯 樹である。 おそらく彼女は、甲 賀と同じくらいの実力の持ち主なのだろう。 弓と太刀を得意とする颯 樹は、窮地に追い込まれれば、追い込まれるだけ、その潜在的な能力を発揮する。 故に、彼女の能力値は未知数なのである。 両部隊が違いに睨み合う事、数日。 颯 樹は一般兵卒が睨み合っている場所から少し離れた小高い丘に来ていた。 「黒雲」と呼ばれる、漆黒の馬にまたがり、背には細身刀が背負われている。 通常の日本刀よりも、若干刃の長さが長く造られている、特注品である。 生温かい風が、彼女のサラサラとした髪を撫でていく。 颯 樹の見つめる先。 それは両軍の合戦場となるであろう、中央の広場。 もしも、この丘からあの場所へ行くには、目の前の崖を降りて行かなければならない。 それはかなりの馬術に心得がなければ、出来ない代物。 ふと気配を感じで、先程まで射殺すように見つめていた視線を後ろへと向けた。 朝霧の中、姿を現したのは・・・ 「まだ、嚆矢が飛ばされないんだって?」 前線にいるにいるはずの・・・いや、いなければいけない弐番隊隊長の甲 賀瞬。 黒雲とは対照的な真っ白な白馬にまたがり、静かに近づいて来た。 なんで彼がここにいるのか。 颯 樹は驚き、目を見開いた。 「なんで、ここにいるんですか、甲 賀隊長。」 「何、僕がここいたら迷惑なの?」 質問を質問で返すのは、甲 賀のいつもの口調。 わかってはいるが、こう言う時は苛つく事もある。 颯 樹は気持ちは入れ替えるように、息を吐き出した。 「弐番隊はどうされたんですか?最前線にいるはずでは?」 「うん、いるよ。」 ニッコリとした笑みを浮かべて、颯 樹の隣で馬の足を止めた。 『真白』と呼ばれる白馬は、黒雲と恋人のようなものだ。 互いに頬をする寄せ合う。 颯 樹は、ガックリと肩から力を落とし、目の前の黒雲の頭を、気休めに軽く撫でた。 「いるよ…じゃないですよ。指揮はどうなってるんですか?」 「九 条さんが面倒見るって。」 それはつまり。 颯 樹の顔から表情が消えた。 颯 樹は、九 条からの命令でこの場に待機していた。 数では劣勢の自分達。 これを打破する唯一の策を講じた、美 濃さん。 その命運を分けるのは、颯 樹の仕事が成功するか否かで決まる。 颯 樹はゆっくりと甲 賀の方に視線を向けた。 「また…ですか。」 「そんな言い方しないでよ。僕達、意外と息合ってると思うし?」 「即刻、否定させて頂きます。」 ばっさりと切り捨てるように、言葉をつげる颯 樹に、甲 賀は苦笑した。 女性兵士としては、異常なまでの強さ。 その出自は、ハッキリしない。 数年前に、大 和さんが連れてきた彼女。 元々は皇太子を護衛する役をしていたと言うのだから、それ相応の身分を持っていたに違いないが・・・。 彼女の過去について知るものは、誰一人として存在しない。 そう、彼女自身も。 幼少時代、どこで過ごし、どうやって朱の部族に入ったのかすら、覚えていないのだから。 ただ、一つだけわかっている事は、武芸達者である事だけだった。 「ま、一人より二人の方が確実でしょ。」 「それは九 条隊長の命令ですか?大 和大将の命令ですか?」 「うーん…両方だね。」 何かにつけて、暗殺の命令が下ると、部隊関係なく甲 賀が共についた。 颯 樹の足手まといにならないのは、隊長クラスの人間と言うだけなのだが。 元々、暗殺部隊である弐番隊。 甲 賀としても夜の活動の方が、メインに近かった。 だからこその、人選なのだろう。 そして、もう一つは・・・颯 樹の監視。 何か裏切り行為があった場合、彼女を切り捨てられるのは、甲 賀 瞬を置いてこの部隊にはいないだろう。 おそらく、九 条であったとしても、颯 樹を切り捨てるのは難しい事になる。 そんな汚い役は、自分でいいと・・・甲 賀自らが進言している事は、颯 樹には秘密事項である。 「それにしても、何日も睨み合いして・・・よく飽きないよね。」 「今回は、先に動いた方が負けますからね。」 「さっさと始めればいいのに。結果は見えてるんだから。」 甲 賀は、勝利を決して疑わない。 負ける事など、きっと生まれてこの方考えた事はないだろう。 それほどに前向きな性格をしている。 その性格が、部隊全体を活気に満たすのだが・・・ 当の本人は、面倒そうに欠伸をして、だるそうにしている。 その時だった。 甲 賀と颯 樹の会話が突然に途切れて、馬を反転させた。 二人は刀に静かに手を当てた。 ピン・・・と何か張り詰めた空気が、はじけた瞬間。 二人は、抜刀しながら馬を走らせた。 ザシュッ! シュンッ! 肉を切り裂く音と、何か重たい者が倒れる音。 草を分け走る音。 馬に乗ったまま、まだ朝日が昇りきらない朝霧と薄くらい光に乗じて襲い来る者達。 颯 樹めがけて、吹き矢が放たれた。 それを寸でのところで、身体を引くと、矢はそのまま木に突き刺さった。 その独特の矢をみて、颯 樹はニヤリと先程までとは別人のように、残忍な笑みを浮かべた。 馬から降り、襲い来る敵をまるで剣舞を舞うかのように、次々と倒していく。 返り血を浴びながらも、一人の人間めがけて駆け抜ける。 何度も矢を放たれても、刀で打ち落としていく。 やがて、吹き矢を放った男の元まで、たどり着くと同時に、首にその刀を押し当てた。 「う…。」 「誰の命令だ。言え!」 「・・・。」 だが、男は何も話さない。 刀をさらに首筋へと近づけた。 微かに首筋から血が流れる。 「颯 樹ちゃんっ!!!」 甲 賀の緊迫した声。 その瞬間。 颯 樹は、身体を反転させてその男の背に隠れた。 瞬間に聞こえたのは、銃声。 そして・・・ 「うぐっ!!」 それは見事に、その男の心臓を貫いていた。 まるで自分を狙ったのはでなく、この男を最初から狙っていたかのように。 颯 樹は、その男を最期をさとり、身体を激しく揺さぶった。 「言え!!誰の命令だ!!!」 「あ・・・う・・・。」 口を何度かパクパクとさせて、その男は絶命した。 くそっ! 颯 樹は、その男をその場に寝かせると、周りを見渡した。 20人前後の死体。 辺りはシーンと静まり返っていた。 もう敵はいないのだろう。 刀を鞘に収めた時、甲 賀が戻って来た。 恐らく銃声を聞いて、その者を追って行ったのだろう。 「どうでした?」 「ごめん。逃げられちゃった。」 「・・・先程は、ありがとうございます。」 甲 賀の声がなければ、一瞬反応が遅れていたのは事実。 颯 樹は、今は事切れいる男を見下ろした。 その男の顔には、見覚えがある。 皇太子の護衛時代に、同じ部隊に所属していた者。 その場に転がっている死体の顔にも、見覚えが有る者が、ちらほらと見え隠れした。 「まさか内部で暗殺されかかるとはねぇ〜。」 馬から降りてきた甲 賀は、木に刺さった吹き矢を回収した。 その独特の吹き矢が、皇太子護衛軍の象徴とも言える矢。 力のある者は、えてして恐怖の対象となる。 今回の襲撃もそれに近いのだろう。 ハッキリ言ってしまえば、甲 賀と颯 樹がいる限り、今の皇帝は安泰と言っても過言ではない程の貢献をしている。 それは決して、認められる事はないのだが。 だが、事実は事実。 「颯 樹ちゃん、一体前の部隊でどんな秘密を知っちゃったのさ。」 「別に、何も知りません。」 「ふーん。」 知らないわけがない。 だが、ここで何も言わない颯 樹は、信頼おけると思う。 こんな事があっても、決して話そうとしないのだから。 「じゃ、今回も君への襲撃の話しは、蓋かな?」 「すみません、甲 賀隊長。」 申し分けなさそうに頭をさげる颯 樹に、甲 賀は苦笑した。 颯 樹が狙われるのは、コレが初めてではない。 何度も遭遇している。 おそらく、甲 賀が近くに居ないときも襲われている時があるかもしれないが。 だが、襲撃に遭う時には、必ずと言っていいほどに甲 賀も一緒にいる時だった。 すなわち、暗殺の仕事をしようとする度に、襲撃に遭うと言う事だ。 甲 賀は、面倒なため息をついた。 内部密告者がいる。 そんな問題が今の雪 桜 隊を悩ませていた。 間者が入り込むのは、そう珍しい事でもないのだが・・・。 甲 賀はちらりと颯 樹の事を見た。 「何ですか?」 「なんで僕達が、ここに居るって…知っていたんだろうね。」 ニッコリとした甲 賀の笑み。 だが、目は笑っていなかった。 颯 樹はそんな甲 賀の前を横切り、馬の手綱をとった。 「ここに配属されてるの知ってるのって、隊長クラスだけだと思うんだけど…颯 樹ちゃんは、どう思う?」 「わかりません。」 無難な答え。 颯 樹はいつもそうだ。 余計な事は、絶対に言わない。 だからこそ、信頼を得るのも早かった。 だからこそ、疑心を向けられるのも当然だった。 あまりにも型にはまった、良い子ちゃんだったからだ。 それが性格なのか、計算されたものなのか。 戦いの彼女を見ていれば、その機転の早さと、機敏さは甲 賀も認めている。 だが、それが仇となる事もある。 彼女をより悪い方向へと向けてしまうと言う事だ。 ふわりと空気が動いた。 甲 賀と颯 樹を顔を見合わせてから、馬をその場に置いて、草むらに隠れるようにして、崖下の様子を見つめた。 すさまじいほどの怒号。 刀と刀の競り合い。 斬り合い。 悲痛の叫び声。 勝機の声。 ありとあらゆる音が入り交じって、戦いの火ぶたが斬って落とされた。 九 条隊長が戦陣を斬って、中に入り込んでいくのがわかる。 颯 樹は唇をかみしめた。 あの人数の差。 いくら強い九 条と言えども、無傷での帰還は難しいはずだ。 側にいれれば、彼の背を守る事が出来たのに。 それでも、九 条は自分の背を守る事よりも、勝つ事を優先にした。 そんな男なのだ、九 条と言う奴は。 それだけでない。 これだけの混戦する戦場。 九 条が、女である颯 樹を遠ざけた優しさも理解していた。 そして・・・甲 賀隊長という一騎当千の戦力を割いてまで、自分の護衛にした。 その待遇に。 そして、甲 賀隊長もわかっていて、この場に来ている事も。 颯 樹は全て気付いていた。 「九 条さんが、心配?」 「え。」 まるで心を見透かすような、甲 賀の視線。 颯 樹は、隙をつかれたように、驚きの表情を浮かべた。 そんな表情に、甲 賀は面白そうに笑みを造った。 「颯 樹ちゃん、バレバレ。」 「いや・・・そりゃ、心配ですよ。無事じゃ、戻って来れないでしょうから。」 「だろうね。」 少し恥ずかしくて俯いて話していた颯 樹だったが、甲 賀の固い声で、顔を上げた。 甲 賀はすでに戦局を見つめていた。 刀に手を置いて、今すぐにでも飛び出しそうな勢いだった。 甲 賀もまた、眉間に皺を寄せて、九 条の奮闘振りを見守っていた。 「君、一人でも大丈夫だって、僕は言ったんだけどね。九 条さんも大 和さんも聞かなくて。」 「信頼されてないのは、わかってますから。」 「そうじゃないんだけどね。」 苦笑を浮かべながら、その場の事を思いだしているのか、甲 賀は一瞬遠い目をした。 しばらく戦況を見ていると、だんだんと九 条が後退しだした。 それを見て、甲 賀と颯 樹は互いに頷いた。 仕事の時が来たのだ。 二人は待機してあった、馬に静かに跨がった。 「準備は大丈夫?」 「はい。」 「何かあっても、見捨てていくからね。覚悟しておいてね。」 「わかってます。」 二人は馬に乗って、崖に近寄った。 自分が有利と感じたのだろう。 蒼の部隊の総大将が自ら、前線に立っている。 仲間の死体が転がる中を、九 条はどんどんと後退させられる。 返り血なのか、怪我でもしてるのか、着物は真っ赤に染まっていた。 颯 樹は乾く喉を、なだめるように唾を飲み込んだ。 落ち着け。 そう自分に言い聞かせるように。 そして・・・ 総大将が、中央線を突破した瞬間。 甲 賀と颯 樹は勢い良く、崖を駆け下りた。 それは、作戦を聞いていなかった同じ部隊の人間は無論の事、敵側も意表をつかれたかのようだった。 脇から突然出てきた、二頭の騎手。 その二人は 「「「「「「 人斬りだ!!! 」」」」」」」 動揺するかのように、騒ぎたてる人々。 颯 樹と甲 賀はニヤリと口もとを歪めた。 自分に襲い来る敵を容赦なく、一撃で仕留めていく。 確実に殺しにかかる剣で、彼らは総大将めがけて駆け抜けていく。 誰も止める事が出来なかった。 甲 賀も颯 樹も、敵味方関係なく、進路を妨害する者は切り捨てて行った。 その鬼気迫る二人に、叶う者などいない。 恐怖におののき、刀を構える事すら忘れた総大将。 「雪 桜 隊 弐番隊隊長 甲 賀 瞬!」 「同じく、雪 桜 隊壱番隊副長 伊 勢 颯 樹!」 「「 参る!! 」」 二人の声が揃った瞬間。 総大将は、二人の刃によって、絶命させられた。 それはほんの一瞬の出来事。 馬で駆け抜けながら、甲 賀が絶命の一撃を、その後から来た颯 樹が崩れゆく総大将の首だけを空高く舞上げるように、刀で切り裂いた。 ボールのように血しぶきを上げながら男の首が、曲線を描いて落ちてくる。 落ちてきた首を、髪の毛だけを握り締めて見事に受け止めた甲 賀。 その首を高く掲げた。 「総大将、討ち取ったり!!!」 瞬間に、甲 賀に向かって一斉に報復に向かう敵が溢れる。 だが、その全ては瞬殺剣と名高い、颯 樹の剣撃で命を奪われていた。 その凄惨な現場は、敵味方関係なく言葉を絶するものだった。 血に狂った者。 正気の者の行動とは、思えなかった。 微かに笑みを浮かべて、人を斬る颯 樹の表情。 甲 賀の活き活きとした表情。 誰もが、その表情に恐怖を感じたに違いない。 人を殺す事を、楽しんでいる二人を。 |
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
掲載日 2011.07.31
再掲載 2012.02.02
イリュジオン
※こちら記載されております内容は、全てフィクションです。