第一話 その4
アジトへ着くと、翔破もまた生き残りの男から話しを聞いていたのだろう。
なんとも言えぬ表情で、紅珠の事を見つめた。
翔破からの無言の問いかけに、紅珠は首を黙って横に振った。
紅珠の行動に、翔破は大きく息を吐き出し、顔を背けた。
部屋と呼ぶには粗末な空間。
その中心にわらで作った粗末なベットに横になっている、生き残りの男の横に紅珠は立った。
男の事をただ黙って見下ろした。
居心地悪そうに男は、紅珠から顔を背けた。
その態度が、後から来た戒には不思議に思えて、首を傾げた。
「村は半壊してる。なんでお前だけが生き残れた?」
「・・・。」
紅珠の質問に男は顔を背けて、何も言えずにいた。
沈黙がその場を支配した。
緊張した空気が辺りを取り巻くと、紅珠は男の傷の具合に構わずに腕を自分の方へとむけさせ、男の顔を紅珠へと向けさせた。
胸ぐらを引き寄せて、紅珠は男が視線をそらせない程度まで持ち上げた。
「裏切ったのか?」
「と・・・頭領・・・。どうか、どうか許して下さい。」
涙ながらに訴える男に、すでに微塵の同情もなかった。
紅珠は確信と共に、言葉を断定に変えた。
「村を裏切ったんだな。」
「・・・!!」
男は息を飲み込み、紅珠から顔を背けた。
それが答えのように、部屋にいた全ての者から驚きと戸惑いの声が漏れた。
戒は目を見開いて、紅珠の突き飛ばしてその男の胸ぐらを掴み、体を揺さぶった。
「おい!それはどう言う意味なんだよ!!!」
「すみません!すみません!!もうこれ以上、ひもじい思いはしたくなくて!!すみません!!」
謝罪と言い訳の言葉ばかりを繰り返す男。
紅珠は、戒の手を退けさせると、男の事を見つめながら、確信があるように言葉にした。
「大方、分け前でもくれると言ったんだろう?自分の家族の命の保証もされたんだな。」
「はい・・・なのに、あいつら・・・裏切りやがって!俺の娘とかーちゃんを!!」
パシン…と乾いた音が部屋に響いた。
部屋は水を打ったかのように、シーンと静まり返っていた。
男は驚き目を見開いたまま息を飲み込む事も出来ずに、紅珠に叩かれた頬を両手で押さえた。
紅珠は、男から視線だけ外した。
「と・・・頭領・・・。」
「フン…あいつらも、間抜けではないようだな。」
「どう言うこと?兄貴。」
意味が分からない戒は、紅珠の事を見たが、紅珠は説明する気がないようだった。
紅珠は向側に座る杖をついた白髪の初老に視線を合わせると、深く頭を下げた。
「長老、ここをお願い出来ますか?」
『 義賊の長老 翔准 』
「頭領の命令とあらば。」
「では、お願いします。」
紅珠は再び頭を下げて、その場から立ち去ろうと背を向けようとした時だった。
寝ていた男の手が、紅珠の腕に必死に縋り付いた。
チラリと視線だけで、男の手を見つめた。
「頭領!!あ、頼む…かーちゃんを…村の女達を助けてくれ。」
「場所は?」
紅珠の無駄を省いた言葉。
男はジッと見透かすように見つめる紅珠の視線から、自然とそらして俯いた。
「西の・・・昔使われていた、山の中の離宮・・・奴ら、女をかき集めて、一気に売りさばくと言っていた。」
男の言葉に、紅珠は盛大なため息を零すと前を向いて再び部屋を後にしようとした。
だが、腕はまだ男が掴んで離さなかった。
「離せ・・・。」
その声は、何よりも低く、冷たい響きを持っていた。
誰もが紅珠へと視線を向けた。
「少しは、罪悪感ってのがあるものかと思っていたが・・・。」
あんなに涙ながらに助けを請うていた人だ。
嘘を言う分けない。
戒は紅珠の冷たい態度と、その言葉に驚き、ゆっくりと紅珠へと近づいた。
紅珠の異様な程の冷たい空気に、戒も言葉を失ってしまった。
「兄貴?」
「そうやって、「時間稼ぎをしろ。」と言われていたんだろう?」
男だけでなく戒も目を見開いた。
全てを見透かされたと、男から全身の力が抜け落ちるように項垂れた。
腕を掴んでいた力が緩まるのを確認した紅珠は、何も言わずにその場を後にした。
今の状況に、頭が追いつかないのか、誰もが時間が止まったかのように、ベットの上に力つきている男の事を見た。
一番最初に、復活したのは、戒だった。
慌てて紅珠を呼び止めるが、紅珠は部屋の仕切りである粗末なカーテンを手で押し上げて部屋を出て行く所だった。

「え?え?兄貴、ちょっと待ってよ。兄貴!」
戒の呼び声で、紅珠は半分カーテンを閉めた状態で足を止めた。
紅珠の刃のような冷たい視線が男を突き刺した。
そこには同情など微塵のかけらもない。
静かな怒りを称えていた。
「このまま恥をさらして生きるも、自分のした二度と戻らない過ちを悔やんで死ぬも、全てはお前の自由。勝手にすればいい。お前は・・・私の仲間ではない。」
紅珠からの絶縁状をたたきつけられた男は、慌てて紅珠を追いかけようとベットから転げ落ちるように床に四肢をついて、手を伸ばした。
「そんな・・・頭領!!!頭領!!!!」
哀れな姿をさらした男。
だが、紅珠は何も言わずにそのまま部屋を出て行ってしまった。
それが、その男と紅珠の最後を意味していた。
男はその場に泣き崩れていた。
こんな状況に始めてなった為か、戒は男と今はいない紅珠へと視線を向けた。
どちらを優先すれば良いのか・・・。
何かの気持ちを打ち切るかのように、戒は部屋を駆け出して行った。
そんな戒に続くように、他の者も部屋を後にする。
部屋には、長老と翔破。
そして、すすり泣く男の姿のみとなった。
先程までの騒がしさが嘘のように静かになった部屋。
より男の泣き声が、響いた。
翔破は、男をそっと立たせると再びベットの上へと寝かせた。
「副長!頼む!!頭領に、頭領に俺を見捨てないでくれと、頼んでくれ!」
「それは、お前自身がやることだ。」
翔破の腕に縋り付く男の手を、払いのけると長老へと視線を向けた。
何も語らず長老が、一つ頷けば、翔破は深く頭を下げて部屋を出て行った。
長老と男の2人きりの部屋は、それは冷たく静かなものだった。
長老は静かに自分の脇に刺してあった短剣を、男の腿の上に静かに置いた。
目を見開き、驚いたように男は長老の事を見た。
「お前の好きにしなさい。」
「長老…俺は…俺は、家族の為に…。」
「・・・お前、一回死んでみるか?」
そう言うと、長老は短剣を手にして鞘から刀を引き抜いた。
†
どう見ても怒ってるいるかのような紅珠の背中。
必死になって後を追いかける戒は、話しかけるきっかけの言葉も思い浮かばずに、頭をガシガシと掻いた。
話しかける決心をしたのか、戒は小さく握り拳を作って「うっし。」っと言葉を零すと、紅珠の様子を見ながら脇に小走りに近づいた。
「なぁ、兄貴。さっきの、全っ然意味がわからないんだけど!!何がどうなったって事なわけ!?」
そんな戒の言葉に、紅珠は呆れたように足を止めると、腕を組んで戒の事を見た。
「おまえ、あそこの村で何も違和感を感じなかったのか?」
「違和感?」
首を何回か傾げては考えてみるが、紅珠の言う「違和感」と言うのは感じなかった。
…と言うよりは、あの子供の死が大きすぎて、周りなんて目に入っていなかった。
戒は「全然。」首を横に振って否定した。
そんな戒を見て、先程まで紅珠の周りを纏っていたピリピリとした空気がなくなった。
後ろからそんな光景を見ていた翔破は、内心驚いていた。
あれが紅珠が以前話していた、戒の生まれながらにして持った天性の才なのかもしれない。
知らずに、戒の周りには笑顔が集まる。
それは、戒の一種の才能だと、紅珠が褒めていた事がある。
紅珠もそれを実感してるのか、力なく苦笑して、戒の額を指で弾いた。
額の痛みに戒は両手で痛みを抑え込むようにして、額を隠した。
「痛っ!」
「だから、お前は『鈍感』だって言うんだよ。」
「な、なんなんだよ、兄貴!」
紅珠は足取り軽く歩き出した。
宮殿の脇へと続く枯葉だらけの道を踏みしめれば、ザクザクと枯葉を踏みしめる音だけがいくつも聞こえる。
突然、紅珠が機嫌を直した事にますます意味がわからない戒は、足を止めたまま首を傾げた。
それを通り過ぎる翔破は、戒の背中をポンと叩いた。
「さすがだな。」
翔破の温かい手と呟いた言葉。
戒は急に嬉しくなって、満面笑顔になってまたもや紅珠の脇へと走って行った。
「兄貴!兄貴!どこに行くんだよ!西はあっちだぜ?」
紅珠が向かっている道とは真逆の後ろへと指を差し、紅珠へと視線を戻した。
そこには、肩をしっかりと落とした紅珠の姿。
「あ、兄貴?どーした?具合でも悪いのか?」
心配して紅珠の事をのぞき込めば、紅珠から呆れを通り越したような上目目線とぶつかった。
驚いた戒は、腰を正して一歩足を引いた。
「な、何?」
「はぁ・・・お前、少しは人を疑う事も覚えた方が身の為だよ。それに、歩いて行くつもりか?行くのなら、夜に向こうに着くのがいい。」
紅珠の向かう先には、厩がある。
答えがわかった戒は、紅珠に当たってるよね?と確認するかのように、笑みを浮かべた。
「馬だ!馬っ!お馬ちゃ〜ん♪」
紅珠の無言の正解が嬉しかったのか、戒は変な歌を歌いながら厩に走り出した。
そんな戒を苦笑して見つめる紅珠の姿は、肩から完全に力が抜けていた。
「ったく、あいつは。」
自然と口もとが上がっている事に気付かない紅珠は独り言のように、呟いた。
止めていた足を再び動かそうとした時、後ろから声を掛けられた。
「少しは落ち着いたのか、紅。」
この世で頭領である紅珠の事を、紅と呼ぶのは1人しかいない。
紅珠の右腕として、また幼い頃から共に育った、兄妹のような存在。
紅珠がこの世で最も信頼している翔破だ。
2人が肩を並べると、どちらともなく歩き出した。
「私もまだまだ未熟だな。感情のコントロールが出来ない。」
「お前の年齢なら、十分過ぎるよ。」
無意識な女泣かせとして有名な翔破。
その優しい面差しと、薄い笑みにどれだけのファンがいるのか。
やはりその女泣かせの表情でポンと頭に軽く手を乗せた。
紅珠はその手を払って翔破の事を睨み付けた。
「兄貴面しないでよ。」
「はいはい。」
降参と翔破は両手を挙げて戒の後を追って厩へ向かって行った。
紅珠は立ち止まって翔破の後ろ姿を見つめた。
本当にどれだけ女の人を泣かして来たかわからない。
女の人が泣く度に、その女の慰め役は紅珠と・・・まるで決まった役割のようだった。
泣いている・・・つまり翔破に振られた女の共通する意見は、翔破に「興味ない」とキッパリ、ハッキリ、クッキリっと言われた所にある。
あまりに慰める女の数が増えて来て一度、翔破に「もう少し優しくしろ」と説経した事があった。
その時ばかりは、翔破も真剣な表情で、紅珠の事を見つめて言い放った。
「優しい態度を見せて、期待させる程残酷なものはない。」
まるで、自分がそうされているかのような、言葉だった。
確かに翔破の意見は全うなのだが…。
翔破の事を思い、泣き、叫び、そんな女性を慰める自分の身にもなって欲しい。
あまりにも言い寄る女達を一掃するものだから、「男にしか興味がないのではないか?」と一時期、本当に噂になった程だった。
そこまで言われても、翔破は否定する事も肯定する事もなかった。
それよりもその噂を楽しんで、心配していた戒にわざと近づいたり、戒が赤面してしまうほどに情熱的に見つめてみたりと、悪ふざけをして楽しんでいた。
ターゲットは、ほとんどが純情純真少年である戒であったが。
本当の弟のように戒を可愛がっている翔破。
その仲の良さは、本当に噂が真実ではないかと、一回は疑った程である。
「紅。」
翔破に呼ばれて、紅珠は頭を左右に振って今まで考えていた思考を捨て去ろうとした。
だが、目の前では戒と翔破が何かを話しあっている姿。
おそらくどっちが、どっちの馬に乗るのか決めているのだろう。
ジャンケンして、戒が負けたのか・・・自分のピースの形をした指を恨めしそうに眺めていた。
そんな戒の肩をポンと叩くと、翔破は灰色の馬を指差して乗れと指示を出していた。
ガックリと肩を落とした戒は、未だに手を恨めしそうに見つめながら、ノロノロと指定された馬の方へと歩いていた。
まるで、翔破と一緒に馬に乗れない事が「残念」と言ってるようにしか、紅珠の目に映らなかった。
紅珠は目を丸くして、2人を交互に見つめてしまった。
戒と翔破が、恋人同士・・・。
『戒・・・。』
『翔破兄貴。』
何故かお互いに白い服を着て。
周りには天使の羽が舞って、2人は愛し合ってるかのように熱く見つめ合っている。
ちょん・・・と翔破が戒の鼻先をつついた。
くすぐったそうに戒は、肩を竦めた。
『こら、二人きりの時は、翔破で良いって言ってるだろ?』
『翔破・・・。』
手に手を取り…まるでこの世は2人だけの世界とも言うような、互いの視線。
互いの顔が少しずつ近づいていく。
2人の唇があと数ミリ・・・
と言う所で、紅珠は自分の思考を大きな声を出して遮った。
「うわぁ!!!」
紅珠は必死に頭を左右に振って、慌てて目を閉じた。
あまりの想像が、自然と両手で頭を押さえて、身を縮こめていた。
頭領の変な悲鳴と態度に、全員が馬上から紅珠の事を見下ろしていた。
シーンと静まり返った所に、そんな仲間の視線。
ゆっくりと目を開けて一人づつ仲間の視線を感じ取ると、無理矢理に口もとをあげた。
「な、何っ!?」
「何?はこっちのセリフだ。バカやってないで、行くぞ。」
翔破もすでに馬にまたがり、頭の乗ってる紅珠の手を掴んだ。
一気に持ち上げるとそのまま紅珠は、後ろへとまるで逃げるように跨がった。
不思議に思った翔破は、そんな紅珠を見つめて、首を傾げた。
何故か自然と戒へと視線がいってしまう紅珠。
するとしっかりと戒と視線が合ってしまい、慌てて逸らしてしまった。
しまった・・・今のは、不自然すぎる。
紅珠が顔を顰めて、翔破の背中に隠れるように体を蹲らせて、フードを目深く被った。
悶々と紅珠が考えてる中、翔破も紅珠と同じように、戒へと視線を投げかけた。
戒も意味が分からずに首を傾げるだけだった。
無言の応酬があり、翔破は意味が分からずに背中にしがみつくようにいる紅珠へと無言の視線を向けた。
「早く、行けって。」
チラリと視線だけをあげて、指差す紅珠。
翔破は再度首を傾げてから、西とは真逆の東へと馬を走らせた。
翔破の後に続くように、仲間もその後を追いかけて馬を走らせ始めた。