【 第 十五 話 】 |
朝食を終えた後、珍しく大 和直々に呼び出しをくらった。 最近、何か悪い事でもしたかなぁ・・・と腕を組みながら、首をひねっていた甲 賀。 別に何か悪戯した覚えもないし。 ・・・まぁ、したとしても覚えてないんだけど。 「ま、いっか。」 思い出せない、イコール自分にとっては意味がない。 甲 賀の中でそう答えを導き出すと、はあっさりと考える事を諦めた。 「どうせ行けば分かる事だしね。」 ぶちぶち独り言を言いながらも、大 和の執務室へと足を向けた。 廊下の途中で相 模とばったり出くわした。 どうやら行く方向は同じようだ。 「あれ?サガさんも呼ばれたの?大 和さんに。」 「ああ。見回りしてる最中に、大 助に呼びに来られてよ。ったく、仕方ねぇから大 助に押しつけて来た。」 「あははは。甲 斐君も災難だね。」 そんな話しをしながら、大 和の執務室の前に立つと、二人は同時に膝をついた。 相 模と甲 賀は少し前屈みになり、頭を下げた。 「大 和大将、相 模です。」 「甲 賀です。」 「おう、入ってきな。」 大 和の了承の声と共に、襖を開けた。 そこにはすでに九 条の姿が。 いつも不機嫌そうな九 条な表情だが、今日はいつにも増して不機嫌そうな顔つきをしていた。 眉間の皺も、いつもの数倍ある。 甲 賀と相 模は大 和の正面に座った。 「仕事中に悪かったな。実はオメェ達に、相談があってな。」 大 和が自分達に相談をするとは珍しい事もあるもんだと、甲 賀は驚いた。 相談役は、大抵が美 濃の役割だと言うのに。 そう言えば、美 濃の姿が見えない。 こんな時は必ず三役が揃うはずなのに。 「九 条さん、美 濃さんはどうしたんですか?」 甲 賀が疑問に思った事を九 条へとぶつけた。 「美 濃さんは別件で動いてる。それよりも、お前らには、明日から大 和さんの警護を頼む。」 「警護?」 相 模は意味が分からないように、九 条と大 和を交互に見つめ返した。 大 和は、フンと鼻を鳴らすと煙管を口に咥えて、静かに白い煙を揺らめかした。 「別にオイラは必要ねぇって言ってるんだが、オミの奴が聞かなくてよ。」 「大 和さん、今の状況じゃ何が起こってもおかしくねぇ。頼むから俺の言う事を聞いてくれ。」 「へいへい。」 九 条の言葉に大 和は肩を竦めた。 九 条は相 模と甲 賀を見つめ直し、破れた紙を目の前に出した。 相 模はそれを手に取って確かめると、そこには更 月の死亡報告書が書かれていた。 九 条の承諾印も大 和の承諾印も押してある、正式な軍部の上に提出する書類だ。 どんなに幹部であろうとも、上への書類を見ることは出来ない。 それなのに、それを見せて来た二人の意図が掴めなかった。 だが、甲 賀だけは意味が分かったのか、相 模の手から半分の紙を取り上げた。 「ふーん。せっかく書いたのに、上も随分と酷い事をするもんだね。」 「どう言う意味だよ、瞬。」 相 模は横にいる甲 賀の事を見ると、甲 賀はその紙をたたみの上へと静かに置いた。 「わからないの?サガさん。わざわざ僕達にこんな物を見せる理由。」 「は?」 これ以上話しても意味がないと、甲 賀は早々に話しを絶ち切ると大 和へ視線を向けた。 その顔は、すでに笑みが失い、怒気をはらんでいた。 「まさか、彼女の死亡が認められないなんて、大 和さんも驚いたんじゃないんですか?」 「はぁ!?更 月は死んだんだろう!?」 甲 賀の確信の付いた言葉に、普通に驚くのは相 模。 それが普通の反応だ。 九 条は、こんな中でも普通の反応を示す相 模に、何故か安堵感を覚えた。 変わり者の部隊と呼ばれて幾年月。 それでも常識人はまだ存在すると、小さな感動を覚えた。 九 条は心の中で「相 模、お前だけは変わってくれるなよ」と小さく呟いたのは言うまでもない。 大 和は、ふぅ〜と白い煙を吐き出すと、目の前の紙を自分の手元へと戻した。 それを眺めてから、チラリと甲 賀と相 模の事を見上げた。 「厳密には、コレを破ったのは梅 観 隊の和 泉の野郎なんだがな。」 「和 泉さんが?」 「まぁ、提出する前に和 泉に会えたのは不幸中の幸いって所だろうな。」 大 和が宮中に入るのは、定期的な報告書の提出と特別な報告がある時のみ。 それ以外は、宮中にむやみやたらに入る事は出来ない。 いくら皇帝お抱えの雪 桜 隊の大将と言えども、階級は存在する。 雪 桜 隊は宮中の外の警護が主な仕事。 それ故、地位もぐっと低いものになる。 だから宮中で起こっている出来事は、ほとんど知らされないのが現状だった。 それでも、大 和なりに駆使して情報は集めてはいるのだが。 更 月を皇帝直々に預かったのだから、死亡した事も報告しなければならない。 取りあえずは蒼国の間者だった為の処断と言うことになっているのだが・・・。 軍部の上層部への謁見を申し出て、お許しが出るまで数日。 やっと呼び出しがかかり、大 和は正装で宮中へと赴いた。 その途中。 目の前から普段通りの隊服で、軽やかに降りてくる和 泉と遭遇した。 和 泉は、一瞬驚いたような表情をして大 和に近づいて来た。 「珍しい事もあるもんだね。こんな所で会うなんてさ。」 「オイラも出来れば、こんな所は早々に立ち去りてぇんだが、さすがにコレを報告しない訳にはいかねぇからな。」 チラリと見せる報告書に、和 泉は視線を流した。 それじゃとそのまま大 和は和 泉と別れようとしたのだが・・・ 「ちょっと待ちなよ。」 和 泉の声で、大 和は振り返った。 チョイチョイと指で誘導する和 泉の後を追うように、少し離れた庭園へと着いて行った。 いつもは遠くから眺める庭園。 その優雅さと、穏やかな時間の流れは、戦の最中で有ることを忘れさせてくれる程。 女の笑い声と楽しいやりとりの声。 天つ国を再現したと皇帝が言うだけはある庭園である。 人気の少ない所まで来ると、和 泉は振り返って手を出した。 「その書類、ちょっと見せてくれるかい?」 「別に構わねぇが…何があるって言うんでぃ?」 和 泉にその書類を手渡すと、和 泉は中身を読む事もなく書類を二つに裂いてしまった。 大 和は何も言う事なく、ジッと和 泉の事を見据えた。 和 泉がこんな事をするのには、訳がある。 大 和には承知の上だった。 「こんな物を提出したら、また良い笑い者になるよ。」 和 泉の言葉に、まさかとは思う可能性が頭に浮かんだ。 確かにその現場にいた。 この和 泉が指揮を取ってやったのだから、幻の訳がない。 夢でもないはずだ。 だが、大 和の中でも彼女の遺体が見つからなかった事だけが、引っかかりを生じさせていた。 それでもすぐに報告はあげないといけない。 多少の心の痞えも、飲み込んで書類を制作したのだが・・・。 やはり大 和の勘は当たっていたのかもしれない。 まさかの確立を。 「・・・死んでねぇのかい?」 大 和が静かに紡ぐ言葉に、和 泉は目を見開いた。 切れ者と言われる雪 桜 隊の大 和大将。 さすがと、それに称賛するかの如く和 泉は小さく頷いた。 「生死は俺も確認していないから、詳しい事は分からないんだけどね。彼女は、あの日付けで竹 千 隊預かりに変更になってる。」 「また、竹 千 隊か。何かと言うと、竹 千 隊が出て来やがるねぇ。」 「武 蔵に聞いたけど、実際に皇太子の近くに一人の姫君がいるって話しだ。武 蔵も遠目ではあるが一度だけ見たそうだぜ。」 武 蔵とは、竹 千 隊の大将をしている男。 精錬潔癖な彼が嘘をつくはずもない。 そして目の前にいる男も、同じく自分に嘘をつく理由がない。 大 和は腕を静かに組んだ。 「影武者か?」 「さぁね。今いるのが影武者なのか、前の彼女が影武者なのか。容姿を聞いた限りじゃ…姫本人のようだったけど。」 「皇太子様は、何をお考えになられているのか。」 「皇太子、様・・・ねぇ。」 和 泉は侮辱したように大 和の事を横目で見つめた。 その目は何を語っているのか、大 和にも分からないわけではない。 だが、この国の一軍人として生きている今は・・・。 何を言っても、仕方のない事。 大 和はゆっくりと和 泉の視線から逃れて、咲き誇る花を見上げた。 「あんたは、俺の姫君を手元に置いている。」 「・・・。」 「だけど、いずれは手元に取り戻す。俺に油断しないことだね。」 大 和はニヤリと笑みを浮かべると、和 泉を挑発するかのように見つめた。 「伊 勢は、誰のモンでもねぇ。伊 勢自身のモンだ。それに伊 勢を奪うって言うんなら、やってみろい。雪 桜 隊全員で相手になるぜぃ。」 「あんたに姫君を守り切る力は・・・ない。」 大 和と和 泉の間を心地よい風が吹き抜けて行く。 だが、二人は互いに見つめ合ったまま。 守りきれないと断言する和 泉の意志は強く、大 和の心を射貫いた。 「なら聞くが、オメェなら守りきれるって言うのかぃ?」 「まぁね。少なからず、今の俺ならあんたよりかは力はある。」 力。 権力。 一つの国の中に融合され、一軍人にしか過ぎない自分。 昔のような力はない。 慕ってくれる者は数多くいるが、それはごく内部的な話しであって、大きな輪から見れば、大 和の存在は小さな存在にしかならない。 立て前上だけの、皇帝軍直轄部隊と言われても、現状は義勇軍扱い。 力なんてないに等しい。 それに比べて、和 泉は海軍と言う大きな部隊の指揮者。 海軍がもし反旗を翻せば、この国が潰れる可能性だってありうる程の戦力も、実力もある。 そして大将としての資質も。 すべてにおいて和 泉と言う人物には、兼ね備えられている。 国の中でも、皇帝護衛軍に匹敵する程の地位。 気軽に話しかけてはくる和 泉だが、本来ならば口を利くにも最善の礼を尽くさなければいけな程の爵位を持つ者。 今の大 和とは、天と地の差がある。 それでも、守ると決めた者を早々に手放せるほど、大 和も聞き分けがいいわけではない。 「決めるのは、伊 勢自身。オイラ達が決める事じゃねぇだろぃ。」 「確かにそうだね。ま、時間をかけてゆっくりと姫君を口説かせて貰うよ。」 「そう簡単にいくとは思えねぇけどな。」 「だからこそ、やりがいがあるってもんさ。蒼仁、嵐の前の海は、異様な程に穏やかになる。お互いに気をつけた方が良さそうだね。ま、さしずめ今のあんたは、軍部上層部に謁見を申し込んだ適当な理由を考えないといけないようだけど?」 それだけ言うと、和 泉は大 和の前から姿を消した。 ふわりと太い幹に身体を乗せると、軽く手をあげた。 木から木へとまるで飛ぶように去っていく和 泉に、大 和は口もとを上げた。 ・・・とそんな事があった一件を話していると、目が飛び出るかのように驚いていたのは、相 模だけ。 隣に座っていた甲 賀は、別段驚く事もなく、ただ黙って大 和の顔を見つめていた。 何の反応も示さない甲 賀に対して、九 条は違和感を感じた。 いつも甲 賀ならば、嫌味の一つや二つも出てくる。 だが、途中で話しの腰を折ることもなく、黙って聞いているその姿勢が気になった。 いや…普通な事なのだが。 あの甲 賀である。 普通にしてる方が、おかしく感じる相手なのだ。 「瞬、どうした?」 「どうしたって、何がです?九 条さん。」 ニッコリと笑みを浮かべて九 条へと視線を移すが、やはり違和感を感じる。 なんと言うか、空虚と言うのか。 まるでコレを予想していたと言うのか。 「お前、これを聞いて何も意見がねぇのか?」 「意見?そうですね…ま、強いて言えば・・・。」 強いて言えば? 全員が甲 賀へ視線を集めた。 その視線の集中に、甲 賀は何事かと後ろに一歩引いてしまった。 目の前に大 和さんがいる以上、変な事も言えずにいた甲 賀は、観念したかのように、はぁ・・・っと大きなため息をついた。 「王族なら、影武者の一人や二人はいてもおかしくないでしょ?」 「そりゃ、そうだが…更 月は、普通と事情が異なって。」 「だから「普通と事情が異なる」って頭から決めつけてるから、いけないんですよ。九 条さんもサガさんも。」 甲 賀の言葉に大 和は嬉しそうに目を細めた。 若いのに、よく周りを冷静に見れる男として、見込んだ事はある。 行く末は、この雪 桜 隊の副将あるいは大将になるかもしれない男だ。 大 和は、チラリと九 条の事を見た。 「オミ、オイラも最初に言っただろう?初手を間違えるなってぇ。何の身にもなってねぇようじゃ、この先も不安だねぇ。」 「!!」 九 条は、黙って俯いた。 確かに大 和にそれとなく言われた言葉は、気にはなっていた。 だが、いくら影武者とは言え・・・あんな壮絶な最期だったのだ。 普通は信じるだろう。 普通・・・。 ふと頭にその言葉が過ぎって、甲 賀の事を見つめた。 そう言えば、こいつは「普通」の枠から逸脱して生きてる人間だ。 普通驚く事に、驚かない事は少なくない。 それに… 「瞬。お前まだ何か隠していやがるな?」 「何をです?何も隠してなんかいませんよ。」 にっこりと笑みを向けるが、九 条はチラリと腰の脇に付いている刀へと視線を落とした。 未だに更 月が、悪戯したと言う封印紐を解かない理由。 もしも今、ここに襲撃があったら甲 賀はどうするつもりなのだろうか。 「じゃ、なんで未だにその刀を封印したまんまなんだ?」 「封印?」 甲 賀も自分の刀へと視線を落とした。 「ああ、これですか。いや、見事なモノだからもう少し手元に置いておこうかなって思ってるんですけど、いけませんか?」 「いけなくはねぇが、今ここで襲撃があったらどうする気なんだ?それに今後もどうする気なんだ、てめぇは。」 「刀はこれ一本だけじゃないですから。」 堂々と答えるその言葉に、嘘はない。 昔使っていた刀なら、押し入れの中に入っている。 それに、大 和から貰った祝いの品の刀も持っている。 これは、大 和を護衛する時にだけ使っている刀ではあるのだが…。 最悪どっちかを使えばいいかと考えていた甲 賀。 だが、何よりも刀を使う甲 賀が…唯一無二の自分を守る事が出来る相棒を、いつまでもそんな風にしておくものだろうか? いくら珍しいからと言って。 やはり甲 賀は何か他の事を考えている。 しかも、九 条が考えもつかない答えをすでに見つめているのかもしれない。 「なら、仕える刀を腰につけろ。大 和さんの警護は、今すぐに始めてもらう。」 「オミ、まさかだろぃ?」 「俺は冗談が嫌いだ。それと、もう一つ。明日から大 和さんは、蒼国との国境まで様子を見に行く事になっている。しばらくは、高遠(こうえん)の街で逗留する予定だ。旅支度もしておけ。」 九 条の言葉に、さすがの甲 賀も驚いて大 和の事を見た。 大 和は心底面倒臭そうに、相 模と甲 賀から視線を逸らしていた。 甲 賀は目を細めて、大 和の事を見つめた。 「もしかして、軍部上層部の謁見理由ですか?」 「まぁな。そうでもしねぇと、何も理由がなくなっちまった訳だからな。」 「はぁ・・・大 和さんらしいと言うか、なんと言うか。」 甲 賀は苦笑しながらも、承諾した。 もちろん、驚いたままの相 模も、なんとか承諾する事は出来たが、まだ更 月が生きているかもしれないと言う事実に、頭がついていかなかった。 女に対して、殊の外紳士的に接する相 模にとっては、あの一件は雪 桜 隊だけでなく、この国の軍部に対する不信感を募らせる事となった。 大 和は混乱している相 模の肩にポンと手を置いた。 それに視線を上げた相 模に、大 和は心臓の上をトントンと叩いた。 「相 模、お前のココの整理をするのにも、丁度いい機会だろぅ?コイツ等から離れて、ゆっくり考えてみるってのも、悪くないと思うぜぃ?」 「大将・・・。」 何でもお見通しなのか。 相 模は大 和の思慮の深さに、叶わないな…と苦笑を広げた。 ともかく、明日・・・大 和は甲 賀と相 模を連れて、この隊舎を空ける事になる。 その期間は、不明。 大 和の方で、蒼国の様子見が納得行くまで、帰っては来ないだろう。 そんな事はいつもの事。 だが、甲 賀には気がかりな事が一つだけ残っていた。 甲 賀は、誰にも気付かれないように九 条へ一瞬視線を流した。 |
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んでくださり
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深くお詫び申し上げます。
掲載日 2012.02.02
イリュジオン
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