【 第 三 話 】 |
結局、天幕に戻った後も、颯 樹は眠る事が出来ずにいた。 ジッ…と目の前で安らかに眠る更 月 姫の寝顔を見つめた。 色白で、誰からも愛されるであろう顔立ち。 天幕に連れて、彼女を顔をさらした時の、仲間のざわめきを聞いて、なんとなく心が痛かった。 九 条は昔から女好きだから、良いとして。 あの甲 賀までもが、驚いた表情していた。 自分が一番美しいと、普段から豪語している美 濃ですら、「負けた」とか言って、かなり気落ちしていた程だ。 同じ女性なのに・・・。 颯 樹は、自分の手を見つめた。 お世辞にも綺麗な手とは言えない。 いくつもの剣技を習得する為に出来た指蛸があり、痕の残る傷も無数にある。 別に人は人と考えていた颯 樹ではあったが・・・。 さすがに羨ましいと思ってしまった。 美しい、女性の着物を着て、薄く化粧を施して。 自分とはまるで生きる世界が違う。 「!?」 颯 樹は天幕に気配を消して近づく人影に気付くと、近くに置いてあった剣にそっと手をかけた。 こんな早朝。 まだ誰も起きてないだろう時間帯に、一体・・・。 姫の前に移動して、ゆっくりとカチャリ…と口火を切った。 いつでも抜刀出来る体制である。 しばらくして、迷うような足取りの後に、天幕が静かに開けられた。 そこに入って来た人物に、さすがに驚いて颯 樹は目を見開いた。 「や、大 和大将!!」 入ってきたのは、雪 桜 隊の大将である大 和蒼 仁だった。 「しーっ。ちょっと様子が気になったもんだから、のぞきに来ただけなんだが。その心配はなかったみてぇだなぁ。」 「へ?」 颯 樹が首を傾げると、大 和は天幕の外へと手招いた。 音を立てずに天幕の外に出ると、驚いた。 天幕から少し離れた場所には、九 条が座ったまま眠っていた。 その逆側には、甲 賀が剣を抱きしめるように座って眠っていた。 二人とも、天幕の方を向いてはいるが、こちら側からでは、いる事すら気付かない。 何も掛けずに寝ている二人。 颯 樹は、大 和の事を見上げた。 「二人も姫がいるのだから、警戒も厳重になるだろうさ。ま、分かりやすい連中だがな。」 「姫様はお一人ですが?」 「何言ってるんでぇ、いるじゃねぇか。ここに、大事な姫さんが。」 大 和はちょんと颯 樹の鼻をつついた。 爽やかな笑顔は、裏も表もない、純粋な笑顔。 年上の余裕と言うのか、生まれ持った雅さと言うのか。 だが、大 和はまだ警護の人数はいると、天幕の後ろへと足を忍ばせて歩いていく。 その後に颯 樹も付いていくと・・・ 「大 助君に、相 模さん。」 そこからまた少し離れた場所には、阿 波さんと紀 伊さんの姿も見受けられた。 雪 桜 隊の隊長格全員が、天幕の周りで眠りに着いていたのだ。 あの夜中の時は、誰もいなかった筈だと言うのに。 颯 樹は、驚いたまま、足が動かなかった。 「こんだけの人数がいるなら、少しくれぇ抜け出しても問題ねぇだろうよ。」 「大将がそんな事言わないでください。」 「行くぞ、颯 樹。」 他の人がいる前では、決して名前で呼ばない大 和。 だが、颯 樹と二人きりの時は、違う。 颯 樹の手を取ると、眠っている大 助と相 模の脇を通り抜けて、森の中へと入っていく。 何度か後ろを振り返っても、誰も追いかけて来ない所をみると、上手い具合に抜け出しは成功したようだ。 大 和は悪戯が成功したように、子供のような無邪気な笑みを浮かべて走り出した。 「早くしねぇか、颯 樹!!!置いてくぞ!!」 「な!ちょっと待って、蒼 仁!!!」 全速力で走りだす大 和に、なんとか後ろから着いていくのがやっとな颯 樹。 しばらく追いかけっこのような事をして、ようやく大 和に追いついた時には大きな湖の前に立っていた。 朝霧が湖から立ち上り、なんとも幻想的な風景をかもしだしていた。 「うわぁ・・・綺麗。」 思わず出た言葉に、大 和は嬉しそうに目を細めた。 「だろぅ?ここに布陣する前に見つけたのよ。誰にも言うなよ?二人だけの秘密だからな。」 「…そう言えば、布陣前に大将がいないって、九 条さんが怒ってましたっけね。」 ガックリと肩を落とし、「さっさと連れて来い!」とどこにいるんだかわからない大将をしかも部下に悟られないように、極秘に探せと命令を下されていた。 散々探しても見つからず、全員とりあえず布陣先に戻った時には、大 和は何食わぬ顔で戻ってきて、すでに陣頭指揮を取っていたのだ。 あれほどに、戦い前に脱力した覚えはない。 「オミは、すぐに怒りやがる。オイラも昔からよく怒られたもんだが。」 「蒼 仁が無謀すぎるから、九 条さんが怒るんでしょうが。もっと自分の立場と言う物を自覚して欲しいものだわ。」 自分の立場。 幼い頃から、大 和族の次期族長になると育てられた皇太子。 宮殿に住み、九 条が大 和の話し相手兼、友達兼、剣技のライバルとして一緒に幼少時代から育ってきた。 いわば、幼馴染みだ。 昔の事を懐かしむように、大 和は目を細めた。 「あの頃が、一番楽しかったかもしんねぇな。」 「…そうかもね。」 「オミ、俺、そして…十 六 宵 姫。」 大 和はジッと颯 樹の事を見つめた。 その表情は、何を考えているのか読み取れないが、真剣な視線である事は颯 樹もわかった。 颯 樹は、困ったように笑みを浮かべた。 「昔の名前なんて、忘れてたわ。」 「オイラが、名前を奪ってっちまったからな。悪い事をしたな。」 朱の部族が、何の予告もなく襲ってきたあの日。 王族は悉く、惨殺され、生き残った王族血筋者は全て斬首された。 むろん、颯 樹の親、兄妹の全てをその日に失った。 大 和は王族として権利を剥奪。 だが、その剣の腕を見込んで、皇帝は蒼 仁と和 臣だけを処断させなかった。 そして、王族の姫君達が悉く姦淫される現状をしっていた蒼 仁は、颯 樹の本当の名前である「十 六 宵」を奪い、和 臣の小姓として新たに「颯 樹」と言う名前を与えた。 出自は、記憶喪失の為に、不明と報告した上で。 攻撃実力部族の朱の部族。 腕に力さえあれば、どんな物でも登用する、器の大きい部分を持つ皇帝でもあった。 それ故に、颯 樹は大 和の推薦で軍属に入ったのである。 十 六 宵を守る、最期の手段として。 「いつか、必ず颯 樹に名前は返す。この、オイラが約束する。」 「そうね、それまでは大事に持っててよ。」 「わーってるよ。」 フワリと、穏やかな空気が二人を包み込んだ。 部下の前では決して見せない、本当の二人の姿。 颯 樹はふと湖の視線を落とした。 「私ね、更 月 姫に少しだけ嫉妬していたの。」 「嫉妬?」 「うん。綺麗な顔立ちで、綺麗な手で、純真無垢な何も知らない御姫様。誰からも愛されて、守られる…そんな雰囲気の彼女が、少し羨ましかった。あの時がなかったら、自分もああなっていたのかなぁって少しだけ夢見たの。」 誰からも愛されるお姫様。 それはどんなに様相が変わったとしても、変わらない。 雪 桜 隊にとって、颯 樹はどの女性隊士よりも大事にされている。 その明るい性格。 武芸の強さ。 部下への思いやり。 颯 樹に恋心を燃やす男は、かなりの数がいる。 それを知ってるのは、やはり大将としての立場にいる自分だけなのかもしれない。 颯 樹は、自分を卑下しすぎる。 あんなに綺麗だと言うのに。 颯 樹は、自分の手をみつめた。 「ほんと・・・汚くて嫌になっちゃうなぁ。」 少しだけ気が緩んだのか、颯 樹の声が震えた。 大 和はそんな颯 樹を黙って見つめていたが、そっと、颯 樹の手の上に自分の手を重ねた。 「誰が汚いと言ったんだ?」 「え?」 「十 六 宵の手は綺麗だ。どの人の手よりも、綺麗だ。俺が保証する。」 「豆だらけだし、何より沢山の血で汚れてるから。」 「何を言っていやがる。その豆は、お前の努力した証。平和にしたい、自分の目に見える人達だけでも守りたいと思う、お前の心と行動が出した結果だろぃ?何を恥じる必要がある?お前の手を汚いと言う輩がいるのであれば、そいつは何の努力も、何も守る事も知らない、単なるド阿呆って事よ。」 「でも・・・。」 そう言って、手を引こうとした颯 樹。 だが、大 和は咄嗟に颯 樹の手を掴んだ。 そして、そのまま腕を自分の方へと惹き付けた。 普段なら決して、そんな隙を見せない颯 樹。 だが、今回は意表をつかれて、大 和の腕の中に囲まれてしまった。 「ちょ、ちょっと!蒼 仁!?」 「言っただろぃ?泣きたい時は、我慢せずにオイラの所に来いって。オイラはいつでもお前の味方だから、お前の力になるってよ。」 誰が来るかも分からない。 颯 樹は顔を真っ赤にして、大 和の腕の中で藻掻いた。 だが藻掻けば藻掻く程に、大 和は腕に力を加えて、颯 樹が動けないようにした。 しばらくして、抜け出すのは無理と判断したのか、颯 樹は大人しくなった。 だが、颯 樹の手は、決して大 和の背に回される事はなかった。 「・・・ありがとう、蒼 仁。」 「十 六 宵の為なら、いくらでも力になるぜぃ。あ、そうだ。」 大 和は颯 樹から離れると、懐から一つのかんざしを取り出した。 見覚えのあるかんざし。 颯 樹は、目元を潤わせて大 和の事を見つめた。 「これって。」 「この間の軍功で、皇帝の野郎から奪い返して来た。コレは、お前の物だ。」 颯 樹の手の中に入れたかんざし。 銀の彩色で細かい技術が沢山詰め込まれている、桜の花の形と氷の結晶を主体したデザインのかんざし。 その昔、颯 樹の母が王妃の証として、着けていた・・・かんざしだった。 「母様・・・!!!」 颯 樹はぎゅっとかんざしを握り絞めた。 いくつもの涙が瞳からこぼれ落ちた。 大 和は申し分けなさそうに、颯 樹に頭を下げた。 「約束を果たすのが、遅くなっちまってすまなかった。」 「ううん・・・ありがとう、蒼 仁。これでまた、母様と一緒にいられる。」 心から嬉しそうな笑み。 涙を流しながらも気丈に微笑む、颯 樹の姿は、誰よりも美しく感じたに違いない。 戦女神と言う言葉似合う程に。 「どれ、つけてやるから、後ろを向きな。」 「うん。」 素直に颯 樹は膝をつくと、大 和にかんざしを渡した。 かんざしを渡す意味も知らない程、無垢なのは颯 樹の方だと言うのに。 かんざしを渡し、そのかんざしを女の髪刺す。 たわいもない事かもしれないが、それは指輪の交換と同じ意味を成すと言う事を、颯 樹は知らない。 「出来たぜ。ほう、かわいいじゃねぇか。馬子にも衣装たぁ、この事だな?」 「なっ!?」 颯 樹はそのまま湖に自分の姿を映し出した。 キラキラと光る、かんざし。 まるで母がそこにいるかのような、残像が思い出される。 くるりと颯 樹は大 和の方に向き直った。 「ありがと、蒼 仁♪」 「どういたしまして。さて、そろそろ戻らねぇと、みんな起きてる頃合いだな?」 「うん。」 大 和が手を差し出せば、颯 樹は迷う事なく大 和と手を繋いだ。 二人で、ゆっくりと歩くその姿は、まるで絵になるようだった。 布陣する天幕が見え始めると、颯 樹から手を放した。 その行為は、普通な事なのだが、大 和の心に淋しさが灯った。 放されてしまった手を、ジッと見つめた。 先程までの温もりは、もうない。 ふと颯 樹の顔を見れば、先程までの「十 六 宵 姫」の顔は影を潜めていた。 それは仕方のない事。 自分はそう選択して、颯 樹を無理矢理にこの道に引きづり込んだのだから。 それでも、大 和の心は晴れる事はなかった。 「おーい颯 樹ぃ!!お前、今までどこに行ってたんだよー!」 「大 助君?」 手をふりながら、慌てて駆け寄ってくるのは、一番年齢が近い甲 斐 大 助。 少し青ざめたように、颯 樹の腕を取った。 「ともかく、さっさと九 条さんの所に行かねぇーと、雷倍増所の騒ぎじゃねぇーよ!」 「え?え?」 「早く!!!大 和大将も、お早く願いますよ!!」 強引に引っ張られる形で、颯 樹はあっと言うまに大 和の隣から姿を消してしまった。 ![]() ![]() 「どこに行ってやがった!!!!!」 ドッカーン。 それこそ今世紀最大と言われる程の、特大級の雷が落ちました。 九 条の前に正座する颯 樹と、何故か一緒に怒られている大 助。 全ての幹部が、天幕に戻ると、颯 樹達を取り込むように、少し離れた位置で九 条の雷を聞いていた。 今回ばかりは助け船を出す者はいない。 颯 樹の逃亡? やはり間者だったのだ、すぐに殺すべきだ。 そんな意見も出ていた。 先日の、颯 樹が命を狙われていた事を知っていた甲 賀は、とりあえず探す事を提案。 見つけ次第、拷問にでもかければいいと全員を納得させた。 そして姿を現した颯 樹。 居心地悪るそうに周りを見つめた。 「てめぇには、更 月 姫の面倒を見るって言う任務があったんじゃねぇのか!!!」 「ありました。」 「なんで持ち場を離れた!」 う・・・まかさ大将に呼ばれて離れました。 なんて言えない。 どうしたら・・・。 颯 樹が黙って俯いた時だった。 甲 賀が颯 樹の異変に気付いた。 「颯 樹ちゃん、その簪・・・どうしたの?」 「簪だと?」 九 条も言われて、颯 樹の頭についているかんざしへと視線を移した。 見た事のあるかんざしに、九 条は目を見開いた。 そして、全てを悟ったかのように、怒りを放出するような深いため息を吐いた。 「大 和大将、あんたも同罪だぜ。」 天幕からこそこそと入ってきたのは、大将。 苦笑しながら、九 条の隣へと立った。 「大 和さん、いくらなんでも俺の部下を連れて行くんだったら、俺に一声かけてくれないと困る。」 「いやーすまねぇ、すまねぇ。ちょっと、散策したくて、手短にいた伊 勢を使っちまった。」 「手短にいた…だと?」 九 条の方眉があがった。 あーあ・・・大 和大将、墓穴です。 伊 勢は何も言わずに頭を下げた。 「すみません。私が報告に行くべきでした。これは私のミスです。どんな処罰でも受けます。」 「・・・いい度胸じゃねぇか。」 「おいおい、オミ。本当に、オイラが無理矢理につれて。」 「悪いが、大 和さんは黙っていてくれ。伊 勢、これから更 月 姫付きの護衛官を任命する。」 は? 更 月 姫は、王宮に帰れば皇帝の元に連れて行かれるとばかり思っていたのだが。 違うのだろうか? 「本物か、しばらく雪 桜 隊預かりで、見る事になった。」 「すでに皇帝陛下からの決定事項なのですよ、伊 勢君。」 軍師の美 濃さんにまで言われては、何も言えない。 私は大 助君の事を見た。 大 助君も、パチンとウィンクしてくるだけだった。 そんななんとも言えない空気を一層したのは、やはり、この男。 甲 賀だった。 「話しは終わったよね?九 条さん。」 「ああ。」 「それじゃ、颯 樹ちゃん。」 そう言って、立たせてくれたのは、甲 賀さんだった。 「更 月 姫がお待ちのようだから、行こうか。」 「え?」 なんで甲 賀も一緒に着いてくるのか。 颯 樹は九 条に首だけ回して見た。 だが、九 条はこれ以上何も話したくないのか、手でシッシッ!と払っている。 颯 樹は甲 賀の後について、天幕を離れた。 何も言わないで先を歩く甲 賀に、颯 樹は居心地の悪さを覚えた。 「ねぇ。」 突然に足を止めた甲 賀に、颯 樹は反応するように背中にぶつかる前に足を止めた。 「君って大 和大将が拾って来たんだよね?」 「はい。剣技の腕を見込まれて。」 「・・・本当にそれだけ?」 背中越しに、鋭い甲 賀の視線が颯 樹を突き刺した。 笑顔の奥にある、不信感。 疑惑。 甲 賀から出ているオーラがそれを物語ってる。 颯 樹は視線を逸らす事なく、頷いた。 「ふーん・・・じゃ、僕の見間違いだったのかな?」 「はい?」 「僕の前を堂々と通って、僕が起きないとでも思った?」 その答えは、否。 なんで起きないのかと、不思議に思った程だ。 少しの物音でもそうだが、人の気配があるだけで、警戒して深い眠りには決してつかない。 それを証明するかのように、常に甲 賀は剣を抱いて眠る癖がある。 すぐに抜刀出来るように、まるでそれに縋るように眠りに着く癖がある。 颯 樹の答えを待っているのか、甲 賀は何も言わずにジッと颯 樹の事を見つめていた。 その視線に、一つの答えにたどり着く。 つまりは、大 和との話しを聞いていた可能性があると言う事。 「聞いていたんですか。」 「何を?」 「瞬。」 甲 賀と颯 樹が対峙して話していた所に、後ろから声を掛けられた。 そこにいたのは、大 和大将と九 条だった。 「大 和さん、何かご用ですか?」 「てめぇに少し話しがある。伊 勢は、更 月 姫の所に行ってな。」 「はい。」 深く頭を下げると颯 樹はその場から姿を消した。 三人だけになると、大 和は歩き出した。 昨日、あれほどの戦場となった草原。 今は、すでに死体も回収され、折れた旗も敵味方関係なく、全て回収されていた。 昨日、ここで数百人の人間が死んだとは思えない程の静寂。 そこを大 和、九 条そして甲 賀が黙って歩いていた。 中程した所で、大 和は反転して甲 賀の事を見た。 「瞬には礼を言わないといけねぇな。」 「何の礼ですか?」 おおらかな笑み。 大 和は、腕を組みながら、甲 賀のさらに後ろにある自分の陣を見つめた。 「聞いていたんだろう?オイラと伊 勢の話。」 「あー・・・少しだけ。でも、視線で聞くなって言ってきたのは、大 和さんじゃないですか。それ以上、居れませんよ。」 甲 賀は肩を竦めてみせた。 自分の目の前を足音たてないように、横切る二人。 そのまま斬ろうかと、薄く目を開けば、大 和大将と颯 樹の姿。 二人が完全に森の中に入ったのを確認してから、甲 賀は目を開けた。 チラリと天幕の中の姫が寝ている事だけ、確認してらそのまま大 和達の事を追った。 何故か走る大 和に、自分が後を付けている事を感づかれたと、思ってはいた。 だが、何も言ってこないので、そのまま後を付けていった。 しばらくして、二人は大きな湖に立っていた。 自分が散策した時に見つけた、絶好のサボり場所。 その場所を、大 和も見つけていたらしい。 甲 賀は気配を消して、身を潜めた。 しばらくして、二人の話し声は聞こえて来た。 だが、大 和の視線は颯 樹ではなく、自分へと向けられていた。 これ以上は聞くな・・・そう目で語られた。 だから、その場から去るしか選択しがなかった。 二人で一体、何の話しをしているのだろうか? また新たな任務でも、颯 樹に言ってるのではないだろうか? ここの所の颯 樹の任務は、激務と言っても過言でない程の働きだった。 「出来ない」と言わない颯 樹は、相当無理をしてるに決まっている。 その無理は、命を落とすきっかけになる事だってある。 もしそうであれば、隊長権限を行使してでも、着いて行こうと思っていた。 甲 賀はふと足を止めて、遠くに見える二人を見つめた。 颯 樹のあんなに穏やかな表情は見た事がない。 自分と話す時と九 条に話す時とも違う、心底安堵した表情。 「面白くない。」 ぽつりとつぶやいた言葉。 そのままゆっくりと森を抜けると、なんだか天幕がざわついていた。 近くにいた相 模を捕まえて話しを聞けば「颯 樹が脱走した。」と言う事になっていた。 ちょっと姿を見せないからって、なんで脱走になるのかなぁ? 誰かが煽ってるとしか思えないねぇ。 甲 賀は、その足で九 条へと向かった。 「ああ、瞬。おめぇも何処にいたんだ。」 「ちょっと用足しに。それで、颯 樹ちゃんが逃げたって?」 「まだわからねぇよ。」 そう言ってる九 条の眉間には深い皺。 甲 賀は、剣に手を掛けた。 「僕の出番かな?」 「はやるな。まだ、そうとは決まったわけじゃねぇ。ともかく、探せ。」 だが、上官クラスの兵士達は、この時ばかりと颯 樹への不信と疑惑を口にする。 なかなか足を動かさない上官達。 甲 賀の隣にいた甲 斐が、悲しそうに俯いていた。 「どうしたの、大 助君。」 「俺、あの颯 樹が逃げるなんて思えねぇ。」 「今の伊 勢君に逃げる動機はないと、俺も思う。」 甲 斐の言葉を聞いた、紀 伊ですら苦々しいように自分たちの部下を見つめていた。 どうやら、大将は『ちょっと抜けるだけ』と、誰にも言わなかったんだろう。 やれやれ・・・。 そう言う所は、昔から変わってない。 甲 賀は手を上げた。 「はい、提案。取りあえずさ、捕まえてみないとわからないじゃない?捕まえてから、拷問にでもかけて、それで殺せばいいじゃない。いつもみたいに。」 拷問と言う言葉に、辺りがシーンと静まり返った。 それを甲 賀は面白そうに口もとを歪めて、全員を見つめた。 「あれ−?どうしたの?急に静かになって。ああ、大丈夫だよ。拷問は九 条さんの専売特許だから、君達には回ってこないから。」 「誰が専売特許だ、誰が。」 ニッコリと笑う甲 賀の笑み。 この笑みをしてる時は、何かを企んでいる。 九 条は、この笑みでどれだけ苦渋を舐めさせられて来た事か。 「あれ?違いました?」なんて空気も読まずに、我が道を行く、甲 賀。 自分の刀を肩に担ぐと、チラリと一番颯 樹の文句を言っていた男に視線を向けた。 射殺すような、突き刺すような、殺気と共に。 「みんなの前で彼女を殺すのは、僕の仕事だから。」 ニヤリと口を上げると共に、甲 賀は甲 斐の肩をポンと叩いた。 それが合図のように、兵士はちりぢりになった。 ざわめき合う中、甲 賀は甲 斐に耳打ちした。 「大 助君、悪いんだけど、君はあっちを見て来てくれる?」 「へ?なんで?」 森の方を指す甲 賀に、甲 斐は不思議そうに顔を見た。 そんなに密談のように話す内容でもないと思うのだが・・・。 取りあえず「分かった」と何回か首を縦にふる。 「君一人で行ってくれるかな?」 「えー、俺一人でこの森を探せって言うのかよ。」 「あははは、そう言う事。頑張ってね〜♪」 笑いながら反対方向へと足を向ける甲 賀。 甲 斐はそんな甲 賀の背中に舌を出すと、仕方なく森の方に向かって歩いて行った。 甲 斐の足音が遠のくのを確認してから、甲 賀は背中越しに甲 斐の事を見た。 今の状態では、颯 樹と大 和を迎えに行くのは、甲 斐が適任だろう。 自分が見つけてしまえば、部下の手前、刀を抜かないといけないかもしれないし。 颯 樹とのやり合いは、嫌いではないが・・・。 手負いとやっても面白くない。 それに、何も分かっていない段階で、居なくなられても困る。 何もかも、颯 樹と言う全てをベールに包まれた不思議な女。 誰もが、疑問に思うはずなのに、そこに関しては誰も疑問に思わない。 なのに、裏切り者と言う噂は流れる。 それはつまり。 甲 賀は唇をペロリと舐めた。 「同志殺しって、僕、好きじゃないんだけどなぁ。」 ポンポンと肩を叩くように、鞘をあてて歩き出した。 適当に時間を潰して、他の隊員が颯 樹達の発見の報告が来るのを待つ事、数分。 そのまま天幕に近づけば、案の定、九 条さんの怒鳴り声が聞こえて来た。 あーあ。 ちらりと横を見れば、コソコソと隠れてる大 和さんの姿。 甲 賀は、はぁーっとため息をつくと、大 和の背後へと足を進めた。 「大 和さん。」 「ひっ!な、なんだ、瞬か。驚かせるねぇ。」 言葉の通り、飛び上がるように驚いた大 和。 これが数百人の雪 桜 隊の大将と言うのだから、苦笑せざるおえない。 「このまま颯 樹ちゃんを人身御供にする気ですか?」 「いや・・・そんな気はねぇんだが・・・オミの野郎、随分と怒ってやがるなぁと思ってな。」 「そりゃ、颯 樹ちゃんが『拷問にかけられて殺される』所でしたからね。」 自分が提案したと言う事は、隠して。 甲 賀のその言葉に、ぎょっとした顔をして、大 和は生唾を飲み込んだ。 「早く入って来て下さいよ。」と言いながら、甲 賀は天幕の中に静かに入り込んだ。 ![]() ![]() そして、現在。 大 和と九 条を前に、甲 賀は呼び止められた意図を察して笑みを浮かべていた。 九 条も腕を組みながら、甲 賀の事を見た。 「おめぇが、大 助の奴に颯 樹を見つけさせるようにしたんだってな。」 「ああ、その事ですか。一番適任だと思ったんでね。」 「俺からも礼を言う。おめぇが拷問なんて言うから、肝を冷やしたぜ。」 今まで、何人も部隊内にいた間者に対しては、拷問をかけては、殺していた九 条。 それが肝を冷やすとは・・・。 やっぱり颯 樹と言う人物には、何か秘密があるのかもしれない。 考えてみれば、記憶喪失と言う話しの割には、しっかりしてる部分もある。 「お二人とも、随分と颯 樹ちゃんの肩を持つんですね。」 「そらおまえ、颯 樹は俺の直属の部下だ。その辺の雑魚よりも、よっぽど使い物になるしな。」 「でも、監視付きなんですよね?間者の疑惑だって消えたわけじゃない。」 甲 賀の好戦的な視線に、大 和は苦笑しながら九 条の事をたしなめた。 甲 賀の肩に大 和の大きな手が乗った。 「瞬、この話しを聞いちまえば、おめぇも同罪になるし、抜け出す事は出来ねぇ。わかってんのか?」 「元から、僕は大 和さんと生死を共にするつもりですから。」 「ははは!瞬ほどの剣客にそこまで言われるとは、男冥利につきるな。」 嬉しそうに笑う大 和に、九 条は呆れたようにため息を零した。 こんなんでいいのか、雪 桜 隊。 時たま、大 和を見ると先行きが不安になる九 条であった。 |
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
掲載日 2011.10.13
再掲載 2012.02.02
イリュジオン
※こちら記載されております内容は、全てフィクションです。