第一話  その6


ミナ達が廃寺を出発した事を見届けた戒は、静かに廃寺の中へと入ってきた。
一番奥の数段高い場所に、柱に凭れかかりながら紅珠は天井を見つめて座っていた。

「兄貴、みんな行ったぜ。」
「ふーん。それじゃ、私達も本日最後の大仕事と行きますか。」

フン!と力を入れて立ち上がった紅珠。
残った仲間を全員中央へと集めると、翔破から作戦を聞かされた。
常に参謀役の翔破が、作戦をたてる。
紅珠は先程いた柱に凭れて、横になりながら、その作戦に静かに耳を傾けていた
全ての説明が終わり、翔破の指示通りに罠をしかけを張り終えると、それぞれ指定された位置につき、息を潜めた。
いつになったら、盗賊は現れるのか。
今や遅しかと、紅珠は懐から一つのネックレスを取り出した。
大きな紅玉がついているネックレスを、上へと放り投げる。
手の中へ戻ってくれば、また上へと投げる。
ぱしっ・・・ぱしっ・・・と紅珠の一定の動きだけが寺の中に響いた。
しばらくして、夜盗から戻った盗賊の愉快そうな声が聞こえてきた微かに外に聞こえて来た。
紅珠は全員に合図を送り、先程と同じようにリラックスしたように、燭台の上に足を組んで横になっていた。
バン!と正面の大きな扉が開かれると、片目がつぶれた大きな男が入って来た。

「今日は随分と羽振りが良かったみたいだな。」

暗い建物の中。
その先にいる人影を見つけて、男は大きな斧を片手に紅珠へと近づいた。

「そこで何していやがる!!てめぇ!!!!」

怒号にも似た声。
紅珠は、投げていた宝玉の手を止めて、チラリと男の事を見た。
キラリと瞳が猫のように光った。

「私がいない間に、随分と好き勝手してくれたみたいだね。片目だけじゃ、足りなかったか?」
「てめぇは、紅珠!!!」

憎らしい程の声。
紅珠は、ニヤリと口もとをあげると、ゆっくりと体を起こし上げた。

「お前からの宣戦布告。受けて立とうと思ってね。それにしても・・・。」

盗賊頭の後ろにいた大男。
肩に担いでいるのは、貴族の娘なのか。
村の女だけでは飽き足らずに、貴族の娘まで誘拐してくるとは。
紅珠は、小さな石を盗賊頭の目元へと指で弾いた。

「何すんだ!!」

一瞬、目を閉じた瞬間。
先程まで目の前にいた紅珠の姿はなかった。
その代わりに、盗賊頭の後ろにいた男が、うなり声をあげると共に後ろへと倒れて行った。

「おっと。」

倒れると同時に、紅珠は肩に担がれていた、貴族の娘を片手で抱き留めた。
薄い化粧を施した娘の頬が、赤く腫れ上がっていた。

「かわいそうに。」

殴られたのだと察しがついた紅珠。
だがすでに紅珠の後ろには、大きな斧を振り下ろそうとしている盗賊頭がいた。
その瞬間に、目を覚ました貴族の娘。
先程盗まれて来た、大貴族の娘。
蘭華だった。

「うしっっ…」

蘭華の小さな声で、紅珠は、タイミングが悪いと言わんばかりに苦笑した。
そして、彼女を素早く横抱きにすると、振り下ろされる斧を横へと飛んで交わした。
一瞬にして部屋の空気が止まった。
蘭華は驚きに目を見開いてるままだった。

「私の名は紅珠。こんな辺鄙な場所にご招待して悪かったね、姫さん。」
「え。」

話しながらも、まるで次の攻撃を知ってるかのように、軽々と斧の攻撃をよける紅珠。
埒があかないと悟った紅珠は、一定間隔で後ろへ下がって逃げいたのだが、一際大きく後ろへと飛び上がった。

「よっ…っと!」

だが、着地したその場所には、両側を大きな柱に囲まれた狭い空間だった。
逃げる道は絶たれたかのように、誰もが思ったにしれない。
だが、紅珠は不敵な笑みを崩さなかった。

「終わりだな!紅珠!!」
「それはどうかな?」

よける度に風に踊る水色の髪。
薄明かりを受けて、輝く瞳。
蘭華はただただ紅珠の事を、見つめ続けた。
いや、目が離す事が出来なかった。
蘭華は自然と胸に手を当てていた。
なんだろう・・・胸が・・・ドキドキする。
今まで感じた事のない、感覚に蘭華はとまどっていた。
そんな視線を受けて、紅珠はニッコリと蘭華に笑みを向けた。
その笑みの意味が分からない蘭華は、さらに顔を真っ赤に染め上げた。
が、その瞬間。

「え?」

蘭華の言葉よりも早く紅珠の手によって、その身を空中に投げられたのだった。
ふわりとした浮遊の感覚。
その直後に襲う、引力に引っ張られるかのような感覚。

「きゃー!!」

蘭華はギュッと目を閉じて、全身に力を入れた。

「翔破っ!」
「もらったぁぁぁぁ!!!!」

紅珠の鋭い声と共に、盗賊頭の戦斧が振り下ろされようとしていた。
全ては一瞬の出来事だったのだが、まるでスローモーションでも見てるかのようだった。
脇に隠れていた翔破が慌てて飛びだして来て、紅珠が投げた蘭華の事を抱き留めた。
突然の出来事に、なんとか受け止められた事にホッとため息を落とすと呆れたように紅珠の事を見つめた。
いつもの事とは言え・・・本当に突拍子もない事ばかりしてくれる頭領だ。
まぁ、だからこその『頭領』なのかもしれないが。

鈍い音が響き渡り、瞬時にその場から突風が巻き起こった。
あの場で。
紅珠は、蘭華を投げてから自分の背負う剣を引き抜き、振り下ろされた戦斧を剣で受け止めていたのだ。
さすがに片手では受け止め切れずに、片膝を付いて、自分の剣を支えるように左腕を支えにしていた。
ギリギリと上からの圧力が増されていくと、紅珠も少しずつ押され始めた。
このままでは剣が耐えきれずに折れて、戦斧の刃が自分の頭を二つに割ってしまうだろう。

「オラ!どうした!!!紅珠!!もう、後がねぇぜ!!」
「くっ・・・。」

奥歯をかみしめて、紅珠にしては珍しく顔を顰めた。
その表情がより盗賊頭を図に載せたのかもしれない。
勝手に勝利を確信した盗賊頭が、ほんの刹那力を入れ直したのだ。
そのタイミングを見計らって、紅珠も剣の刃を少しだけ柄の近くへと移動させた。
これで剣の耐久性は、なんとか持つ。
後は、時が来るのを待つだけだ。
しばらく力の押し合いが続いたが、それはあっけなく幕を閉じる事となった。
人の気配を感じて、紅珠が盗賊頭の後ろへ視線を走らせると、ニヤリと口もとをあげた。
盗賊の仲間が、地下牢を破られている報告に来たのだ。

「頭、女共が1人もいねぇ!!」
「なんだと!!!てめぇの仕業か!!!」
「さぁね。」

これで全員。
罠にかかった、全ての盗賊が寺の中に入ったのを確認すると、紅珠はバカにしたかのように鼻であざ笑った。

「フン!盗賊が盗賊を襲って何が悪いのさっ!」
「この野郎!!!!!」

怒りと憎しみで、盗賊頭はさらに力を入れるべく力を入れ直した。
その一瞬の隙を見逃さずに、紅珠は大きく戦斧を横へとなぎ払った。

「破っ!」

慌てたように立ち上がると、先程まで座っていた燭台へと、まるで逃げ場なくし、そこに苦し紛れに逃げ込んだかのように、跳躍した。

「もう逃げ場はねぇぜ、クソガキっ!!」
「ッチ・・・。」

紅珠が悔しそうに舌打ちをした瞬間。
自分達の勝利を確信全員が獲物を握り、寺の中央にさしかかった。
それを見て、紅珠はニッコリと笑みを作ると、ズイっと人差し指を自分の顔の前へと出すと、盗賊頭を指差した。

「なんのつもりだ!」

無言のまま今度は、クイクイっと上へと指を差した。
間抜けのように、同時にそこにいた全員が天井へと視線を向けた。
確認出来るのは天井近くに張られた網。

「・・・網?」
「今だ!!!」

紅珠の合図と共に、鋼鉄で編み上げた網が、天井から落ちて来た。
盗賊達の頭上に落ちると、全員がパニック状態に陥った。
必死に網の外へ出ようと藻掻けば藻掻くほどに、網の口はきつくしまっていく。
動物を狩るのに仕掛ける罠と同じ要領だ。
落ち着けば、抜ける場所もあると言うのに・・・。
紅珠はそれを面白そうに見つめると、一つ口笛を吹いた。
それが合図で、隠れていた仲間が出て来て、網の口をさらに締め上げて、本当に逃げ場を無くしてしまった。
全員が見事に捕縛されると、片目の男だけは網からかろうじて逃げ出して、紅珠の前に立っていた。

「さすが。頭目はそれくらいじゃないとね。」
「この小僧!!!!!ぶっ殺したる!!!!」
「それは、こっちのセリフ。」

盗賊の頭領と義賊の頭領の一騎打ちが今まさに始まろうとしていた。


〜  来週につづく 〜