第一話  その5


盗賊の根城に到着した紅珠達は、それぞれ馬から静かに大地に降り立った。
外からの感じでは人の気配は感じられない。

まさか、手遅れ・・・?

紅珠は焦る自分の気持ちを落ち着かせるように、静かに廃寺の扉に背をつけて、中の様子を探った。
やはり人の気配はない。
背にある剣に手をかけると、紅珠は翔破に合図を送って大きな扉をゆっくりと開かせた。
辺りに警戒しながら、一歩…一歩と中に入った。
シーンと静まり返った空間は、人の気配など一切見当たらなかった。
紅珠は、構えを解くとふと扉から見える夜空へと視線を向けた。

「今日は新月か。」

月の光が一切ない、新月。
こんな盗むのに絶好の機会に、わざわざ女を売りさばく為に旅立つバカはいない。
人身売買なんて、始めての事ではないだろう。
いくらでも女を隠す方法はあるし、運搬の仕方もある。
これは、最後にもう一仕事行ったと見てとって良いだろう。
部屋の中央には、たき火がかき消された跡が残されているだけだった。
村の女とは言っても、我々と通じてる女達だ。
その辺の女とは違って、かなりの度胸もあるはずだし、頭も良い。
人質の気配ですら、一つもしないのが気になった。
紅珠は、戒へと視線を向けた。

「どこかに隠し扉か、部屋があるはずだ。探して来い。」
「了解、兄貴!行こうぜ!」

戒は数人の仲間を連れて、その部屋から姿を消した。
紅珠は周りにある壊れた家具や仏像を注意深く見て回るがこれと言って、何か収穫がある物はなかった。
紅珠と別れて、翔破はしゃがみ込んで、寺の中央にあるたき火に手を当てた。
微かに暖かさが残ってる。
消してから、かなりの時間がたってる事がわかる。
翔破は立ち上がりながら、天井を見上げて、部屋の中を注意深く見渡した。

「かなり時間がたってるみたいだな。」
「ふーん。」

翔破の言葉を聞いて、紅珠は脇の大きな扉を開いた。
扉を一歩出れば、朽ち果てた欄干。
周りに落ちている瓦礫をよけながら、左右に伸びる回廊を見つめた。
ここも何も異常はない。
ふと正面で目を凝らせば、宮殿が遠くに見える。
その周りには貴族と呼ばれる者達の屋敷がひしめきあっていた。
さらに手前が商店などが軒を連ねる、庶民が生活している区域が目に入った。
紅珠は、そんな都を睨み付けるように見つめた。

どこかに盗みに入るはずだ。

紅珠は、遠くに見える宮殿を睨み付けた。
今日は何かあるのだろうか?
宮殿内が、異様な程に明るさを放っていた。

「兄貴!」

戒の呼び声に、紅珠は部屋の中へと戻った。
翔破に何かを伝えていた戒は、紅珠が中に入ってくると、嬉しそうに手を振った。

「あ、いたいた!兄貴、隠し部屋を、見つけたぜ!」

数段の階段を下りて戒の前へと立った。

「どこにある?」
「こっちだよ。でも、頑固な扉があって全然開かないんだ。」

戒の報告を聞きながら、紅珠が先に外に出た。
数人の仲間が、その場所まで誘ってくれた。
寺の脇に、木の葉に隠された小さな扉が一つ。
紅珠は左右を見て、頑丈に閉じてある鎖と施錠を確認した。
かなりの物だ。

「番兵は1人もいなかったのか?」
「いませんでした。」

仲間の言葉に、紅珠はしばらく考えるように顎に手を当てた。
本来なら、見張りの1人や2人は置いて行く。
だが、それを置いていく必要もない程の強固な扉と言う事なのだろうか。
でも、相手が相手だしな・・・。
ふとここの一味の盗賊頭の顔を思い浮かべて、ため息を零した。
紅珠は、全員を後ろに下がらせた。
背にある剣をゆっくりと引き抜くと、扉に向けて構えた。
そして・・・

瞬きをするよりも早く、その場に閃光が走った。

いつ振り下ろしたのか、すでに紅珠は剣を背に戻している所だった。
カチン…と剣が鞘に収まると同時に、強固な筈だった施錠が二つに割れた。
だが、それだけでなく、分厚い扉までもが綺麗に真っ二つに割れていった。
大きな音を立てながら、崩れ落ちていく分厚い扉に、仲間全員が恐ろしい物でも見たかのように、紅珠の事を見つめた。
まるで化け物を見るかのような目つきだ。
紅珠が入り口から中をのぞき込むと、人が屈んで歩いていける程の小さな空間が下へと向かっていた。
どうやら、この暗い階段を腰を屈めながら行かないといけないようだ。
一端のぞき込んでいた入り口から体を外に出すと、肩にかけていた剣を外して、近くにいた仲間に手渡した。
それと引き替えかのように、紅珠の手には小太刀が手渡された。

「サンキュ。んで、明かりがないと、下には行けないようだけど・・・。」
「明かり!?ちょっと待って、兄貴。」

戒が腰に着けていた松明を慌てて用意すると、ニッコリと笑って紅珠に手渡した。
その松明をジロリと見て、松明に手をする前に戒の事を見た。

「頭領の私に行って来いってか。」
「え!?いやそう言う意味じゃなくて!別に俺が行っても平気だけど!!」
「フッ。嘘だよ。」

コツンと戒の頭をこづいて、紅珠は松明を持って再び中へと入って行った。
風が下から上がってくると言う事は、中の空間は広い証拠だ。
何の為にこんな部屋を寺が作ったのだろか。
両脇の壁には、釈迦の仏画が生誕から入滅までが描かれていた。
そのまま螺旋状の階段を下りると、うっすらと明かりが見えて来た。
どうやら無限のように感じられた階段の終着点のようだ。
人の気配も感じる。
紅珠は、松明を翔破に手渡すと、ゆっくりと小太刀の柄を握ぎりしめると、刀を引き抜いた。
慎重に一段づつ階段を下りる。
壁つたいに、見張り人の数を確認する為に、少しだけのぞき込んだ。
幸い、1人だけのようだ。
体格もそんなにがたいが良いわけではない。
紅珠は翔破に小さく合図を出すと同時に、駆けだした。
見張りをしていた男は居眠りをしていて、突然の紅珠の襲撃に対応する事が出来なかった。
一瞬の出来事だった。
裏刃で見張りを気絶させると、その場に静けさが戻った。
小太刀を鞘に収め、まるで牢獄のような鉄柵の前に立った。
牢獄の奥の方で怯える女達の姿。
薄く暗い為に、村の女かは確認出来ないが、どちらにしても浚われて来た人だろう。
怯え切っている女に声を掛けても、パニックになるだけだと判断した、紅珠は牢獄の扉を繋いでいる鎖を手にとった。
これも表の鎖と同様に太く、その先には施錠されていた。
一歩下がると、紅珠は小太刀から再び剣を出して、その鎖と鍵を絶ち切った。
ガシャン・・・と重い音が地下に響き渡った。
その音で、女達に動揺と期待が混じったような空気になった。
紅珠が扉を開けて中に入ると、部屋の右と左の端の方に女の固まりが一つずつあった。
翔破から松明を受け取ると、両方を慎重に見つめた。
すると、右の固まりから1人の女性が突然立ち上がった。

『 村長の娘 ミナ 』


「頭領!」

聞き慣れた声。
その声の主を確認すると、紅珠はミナの方へと少し近づいた。
紅珠に抱きついてきたミナを、しっかりと抱き留めた。

「ミナ、無事だったか?」

今までの事を労うように、紅珠はギュっとミナの事を強く抱きしめた。
そこにはこれからミナが知る悲しい、事実も含めて。

「はい。絶対に頭領が助けに来てくれると信じてました。」

互いに背中に回した手に力が入った。
紅珠はミナから少しだけ体を離すと、後ろにいる女達にも視線を送った。
口々に「頭領」と言う言葉が聞こえる。
どうやら、体調不良で歩けない者はいなさそうだ。

「よく頑張ったな。早くここから出るんだ。」

紅珠が女達に背を向けた。
すると紅珠の指を握る小さな手。
腰あたりまでの身長の女の子が、紅珠の手を握っていた。
紅珠は、その子供と視線を合わせられるように、しゃがみ込むと、頭にポンと手を置いた。

「頭領、お父さんは…?」

子供の表情が不安に揺れていた。
それなりの覚悟はしているのだろう。
指先が小さく震えていた。
紅珠は、小さく笑みを作るとその子供を抱き寄せた。
それが結果とわかったのか、後ろにいた女達がすすり泣き始めた。
おそらくは、期待はしていなかっただろう。
だが、もしかしたらと言う・・・淡い期待が、本心にはあったのかもしれない。
あやすように子供の背中をトントンと叩いた。

「頭領、お父さん、死んじゃったの?」
「・・・ごめん。」

絞り出すような紅珠の声。
小さな子供は、紅珠の首にその腕を巻き付けるように抱きしめて来た。
紅珠も子供の背中に、しっかりと腕を巻き付けた。
声を押し殺して泣く子供を抱き上げながら立ち上がると、後頭部をトントンと叩いた。

「子供が、そんな泣き方するもんじゃない。」

紅珠の言葉がきっかけとなったように、子供は大きな声をあげて泣き始めた。
どうする事も出来ない虚しさ。
もっと早くに帰っていれば良かったと、後悔した所で死んだ者は生き返らない。
紅珠は、子供に顔を埋めた。

「泣け…お前の親父さんの為に、泣いてやれ。でも、泣いたら笑うんだ。いつまでも泣いていたら、親父さんが天国に行けないからね。」

コクコクと泣きながらも、首を縦に振る子供。
紅珠は周りにいた女へと視線を向けた。

「お前達も、早く。今は盗賊は誰もいないから、安心していい。外に私の仲間もいる。」
「はい!」

ミナは涙を拭って、牢獄の中に座り込んでいる女性達に声をかけながら立ち上がらせた。
次々と牢獄を出て行く女達を、脇目に他の見た事のない集団へと視線を向けた。
その女達は、怯えているだけで、立ち上がろうともしなかった。
紅珠は子供を片手で抱き上げると、女達を誘導しているミナの腕を取った。

「おい、ミナ。」

紅珠は奥で未だに怯え切っている集団を首で指した。
ミナは、その女達へと視線を向け、紅珠へと向き直った。

「他の近隣の村の女達です。やはり、私達と同じように、売られる為に連れて来られたそうなんです。」
「・・・そうか。」

怯えきっている女性を横目で流しつつ、ミナの肩にポンと手を置いた。

「ミナ、ここはお前に任せてもいいか?」
「もちろん。頭領!」

頼むぞ・・・とミナの頭を軽く撫でると、紅珠は子供を抱いたまま牢獄の鉄柵を抜けた。
すでに盗賊の見張りを縄で締め上げていた翔破は、牢獄の中の一番太い柱へとその身を括り付けた。
それを見届けてから、紅珠は翔破と共に地下牢から外へと出た。
すでに夜中。
紅珠の首に抱きついていた子供は、戒の姿を見つけると戒に両手を伸ばした。
戒も自然とその子供を抱き留めた。
さすがは子供に人気のある戒。
紅珠は一安心した表情を見せて、その子供の頭を数度撫でると、戒に視線を合わせた。

「戒、こっちの事は任せた。」
「了解。」

先程の小太刀を仲間へと手渡すと、自分の剣を背負いながら、また廃寺の中へと入って行った。
そのままの足で、先程の街を見渡せる場所へと戻ると、じっと町並みを睨み付けるように見つめた。

やるなら、そろそろ頃合いのはずだ。

未だに宮殿には煌々と明かりがついている。
必ず火の手が上がるはず。
紅珠は街の隅々を注意深く見つめていた。
ふと後ろに翔破の気配を感じた。
チラリと視界の端で、後ろにいる翔破の姿を捕らえて、再び街へと目を向けた。

「紅、何を考えている?」
「翔破、お前が夜盗するなら、どこを狙う?」

貴族の屋敷を一つずつ、何かを確認するかのように指で差して行く紅珠。
翔破はしばらく考えてから、一番奥の大きな屋敷を指した。
同時に紅珠も同じ方角を指で差していた。

「大貴族だろうな。」

紅珠は、問題の答えが正解したかのように、喜んで指をパチンと鳴らすと、翔破へと指の先を向けた。

「やっぱりか!」

向けられた指を翔破が、下に降ろそうとした瞬間だった。
大貴族の屋敷の方角から火の手が上がった。

始まったか…。

先程までの笑顔が一瞬にして消え去り、紅珠はそれをただ黙って見つめていた。
火の手はどんどん大きくなり、火柱が天高く昇っていた。
そこから視線を外すこと無く紅珠は一言呟いた。

「戒に女達の救出作業を急がせて。」
「分かった。」

翔破は、紅珠の後ろから姿を消した。
ジッと見つめる紅珠の目は、獲物を捕らえた豹のように、活き活きとしていた。
ペロリ…と舌なめりをすると、ニヤリと不敵に口もとを上げた。

「私に勝負を挑んだ事、後悔させてやる。」

独り言を呟くと、紅珠はその場を後にした。
慌ただしく動き回っている、戒達の元へと再び姿を現した紅珠。
目測で確認する限りでは、全員が外に救出されてるように見えた。
紅珠の事を知らない女達は不安そうに互いに体を寄り添い合い、怯えた目つきで見つめて来た。
お前も同じ盗賊なんだろう、自分達の運命は変わらないのだろう。
とそう目が訴えているようだった。
それだけ人に対して信用をなくすとは、今までにどんな事をされてきたのか・・・
大体の想像はつくが。
紅珠は、ふぅとため息をつくと、仲間の2人を指名した。

「お前ら、女達を連れて城へ戻れ。一段落したら、こいつらを村に送ってやって。」
「了解っす。」

ニヤニヤしている男ども。
いくら仲間とは言っても、所詮は男だ。
見た感じ、とても魅力的な女性も存在するようだ。
その女性が一番に髪がフリ乱れている所を見れば、簡単にこれまでの処遇を想像する事が出来る。
紅珠は、仲間の1人の胸元を掴みあげて、小さな声で耳元で呟いた。

「手ぇ出したら、ぶっ殺す。」
「ひぃっ!!!」

怯えたような目つきとは裏腹に、紅珠はにっこりと人の良い笑みを浮かべていた。
わかったか?と無言で聞けば、仲間は何度も黙って首を縦に振った。
まぁ、ミナがいれば下手な事が出来ないとは思うが。

「頭領。」

ミナの呼びかけに体を向けると、勢い良く抱きついてきた。
紅珠は優しく髪をすくと、背中を安心するようにポンポンと叩いた。

「ご苦労だったね、ミナ。後は、私達に任せて。」
「無事に戻って来て下さいね。」
「わかってる。」

チラリと、他の村の女達へと視線を向けた。

「女達を頼む。」
「頭領のお願いなら、このミナ。命に代えてもやり通しますよ。」

ミナの威勢の良い言葉に、もう一度ギュっと抱きしめた。
ゆっくりと体を離すと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、トン…と一歩後ろへと下がった。

「頭領!」
「ばいばい。」

一度ミナに背を向けた紅珠は、クルリと振り返ると、片手を左右に振った。
ニッコリと笑顔を見せると、そのままミナに背を向けてマントを翻しながら紅珠は去ってしまった。
紅珠の後には、翔破、そして仲間数人が付いて行く。
そんな紅珠の姿をいつまでも、見つめていたミナ。
すでに恋をしている女の目だった。