第一話  その3


「ハイホーやっほー♪やーっと、帰って来た♪俺達の家に帰〜って来た♪♪イエー!!」

森の中を軽快に歌を歌いながら歩く10数人の集団。
薄汚い服を身に纏った集団は、大きな袋をいくつも肩に担いで歩いていた。
それぞれが個性溢れる服装は、盗品から気にいた物を身につけているからだろう。
彼らの集団は、世間的に「 義賊 」と呼ばれる盗賊の一味だ。
盗賊は盗賊でも、貧しい者から奪ったりはしない。
金持ちの不正な金だけを目当てに奪い、目に付く貧民の村人達へ配って歩いていた。
男達ばかりが集まるその集団は、一目見て強そうな事が伺える。
ただ1人だけ、一番背の低い出で立ちの者がいた。
肩幅も他の者に比べれば格段に小さく、弱いイメージがついて回る。
おそらく背に背負う剣が、余計にその者を小さく見せているのかもしれない。
全員が顔をさらして歩く中で、その小さい者だけが、顔が見えないくらいにフードを深く被り俯いて歩いていた。
ふと何かの気配に気付いたように、その者は歩いていた足を止め、少しだけ顔とフードをあげた。
そこから覗かれたのは、まだ幼さが残る顔。


『 暁の頭領 紅珠 』



「紅?」

目を細めて先を見つめる紅珠に、脇にいた背の高い、薄緑色の長い髪を後ろに一つに縛った男が不思議そうに、紅珠の事を見た。
何も語らない紅珠に、何事かと紅珠が見つめる方へ視線を向けた。

『 暁の副頭領 翔破 』


義賊達の目の前には、朽ち果てた建物が聳え立っていた。
その昔、夏王国が滅ぼした全羅春(チョルラチュン)の城跡。
ここはかつては「都」として栄えた場所だった。
今の夏王国が出来るまでは。
その過去の繁栄した都跡を彼らは根城にして活動していた。
『 暁 』と呼ばれる義賊集団。
今日はこのまま戦利品を、下の村まで行って分け与え、そのまま村の楼閣に楽しく遊ぼうと、仲間達は話しで盛り上って紅珠が足を止めた事に気付く者はいなかった。
その場から動かない紅珠と仲間の間がどんどん離れていく。
そんな時だった。
何かがこちらへと山草に足を取られながら、必死に向かってくる者がいた。

「頭領!頭領!!」

切羽詰まった声に、全員が足を止めて声のする前方へと視線を向けた。
目の前には顔中内出血の後とすでに乾いた血がこびりついた汚い男が1人、泣きながら全身ボロボロの状態で駆け寄って来た。
その姿を黙認した紅珠は、道を開けさせ仲間の一番前へと進み出た。
男は、頭領の全身覆うマントに縋り付いて、泣き出した。

「頭領、すぐに来てくれ!!村が!みんなが!!!」

全員が顔を見合わせた。
見るからに何かに襲われたのは明白だった。
紅珠は、泣き崩れるその男の手をそっと取り外すと、隣にいた翔破に視線を向けた。

「翔破、コイツの手当を。」
「わかった、気をつけて行けよ。」

紅珠は小さく頷いた。
楽しく帰って来た者達はいつの間にか、異様な緊張感に包まれていた。
紅珠の隣に立っていた赤い髪の少年は、手に大きな戦利品を抱えたまま、オロオロと紅珠と翔破を交互に見るばかりだった。

『 暁一味 戒。 』


そんな戒に、一瞬呆れたような視線を送ってから、紅珠は村へと歩き出した。
顔は前に向いたまま、肩の所で、指をクイクイっと折り曲げる動作をした。

「戒、行くぞ。」

紅珠の言葉に、全員が手に持っていた戦利品をその場に置いた。
戒も同じく戦利品を足下に置くと、頬の汚れを拭い、嬉しそうに紅珠の後に付いていった。
まるで、犬が尻尾を振って飼い主の後を追いかけてるかのように、翔破の目には映った。
戒は翔破に向かって手を振った。

「翔破兄貴、荷物よろしく頼むなぁ〜!!!って、待ってよ!兄貴!!」

頭領と呼ばれるには、少し若い声。
仲間に歩きながら指示を飛ばすと、次々と仲間が紅珠から離れて走って行く。
紅珠の元に微かに漂う焦げ臭さ。

「ん?」

紅珠は突然、走り出した。
少し行けば、なじみの村が見えてくる。
村の異変にはすぐに気付いた。
村に近づけば近づくほどに匂う、焼け爛れ焦げた硝煙の匂い。
殺伐とした、殺気を含む空気。
妙に静かな森。
男達の息づかいだけが、その場に響いた。
紅珠がその村の入り口に着いた途端に、急に足を止めた。
後からついて来た仲間も、目の前の光景に愕然とした。
家と言う家は燃やし尽くされ、幾人もの遺体が無残にも転がっていた。
剣で殺された者。
火事で亡くなった者。
死因は様々だったが、目を背けたくなるような光景が広がっていた。
大人だけでなく、子供までもがその対象となっていた。
紅珠は、目深く被っていたフードをゆっくりと取り外した。
水色の髪に、ラピス色の瞳。
少年とも少女とも見える、その端正な顔立ち。
その脇には、同じ年くらいの赤い髪の少年が、愕然とした面持ちでゆっくりと村の中へ足を踏み入れた。
義賊の中でも、身軽で、よく密偵として働いている戒。
あまりにも無残な惨状を見て、右手に堅い握り拳を作り、奥歯をかみしめた。
彼もまた、その昔に村を盗賊に襲われて、孤児となった1人だった。
たまたま通りかかった、義賊である暁に拾われて、今に至るのである。

「!!」

戒は、一つの小さな遺体を見つけて目を見開いた。
その場に駆け寄り、ゆっくりと手に持っていた剣を大地に置いた。
黒く焦げた小さな遺体は、何かを守るかのように胸の前で両手を重ね合わせていた。
だが、その苦しみからか、両手の間は少しだけ開いていた。
握りしめられた手の中には、火の熱で溶けかけてはいたが、星の形をした髪飾りが一つ。
戒の目から無数の涙が零れ落ちた。

「ごめん…ごめん…。」

その遺体を抱き上げると、優しく頭を撫でた。
だが、撫でれば撫でるほどに、髪の毛はボロボロと煤となって零れ落ちていった。
戒の脳裏に、元気に明るい1人の少女の顔が思い浮かんだ。
いつもニコニコしていて、仕事から帰って来ると、この子の笑顔を見て何度も癒された。
頭領に怒られた時も、長老に怒られた時も、仲間と喧嘩した時も。
この少女が知らずに側にて、戒に元気をくれた。
大きくなったら戒のお嫁さんになると言うのが、口癖で・・・
大きく成長すれば忘れてしまうような、約束が嬉しくて、戒は星の髪飾りを自分の金で
購入して今回の仕事に行く前に、少女に贈ったのだった。
本当に嬉しそうに微笑んでいた少女。
ありがとう!と戒に思いっきり抱きついてきて、その勢いに戒が転倒してお尻をぶつけて、2人で笑い合った事。
すべてが幻のように消えてなくなってしまった。
戒の後ろに紅珠の気配を感じて、戒は腕で乱暴に涙を拭った。
ゆっくりと遺体を地面に寝かせると、戒は腕で涙を拭いながら立ち上がった。

「ひでぇ…なんでこんな事…。」
「私への報復のつもりなんだろうな。」

脇に立つ紅珠の声はあくまでも冷静だった。
戒は紅珠のあまりにも感情のない言葉に、頭に血が上り、紅珠の胸元を引き寄せた。

「兄貴はっ!!!!頭領は、何とも思わないのかよっ!!!これに!!この現状に!!!なぁ!なぁ!!!頭領!!!!」

力の入った戒の拳は、紅珠の胸元の服を皺が寄るほどに握り締めていた。
何度も紅珠を揺さぶるが、紅珠は顔色一つ換えずに、戒の事を見つめていた。
そのまま泣き始めた戒の手を、無理矢理に紅珠は引き離した。

「今の世が、こうなんだ。仕方ない。」
「仕方ない!?仕方ないで、済まされる問題じゃねぇだろ!!」
「お前はこの村に固執し過ぎているんだ。」
「んだとっ!!!」

また胸ぐらを掴みかけた戒に、周りの仲間が止めに入ろうとしたが、紅珠が軽く手を上げて、それを止めた。
戒は紅珠を睨みあげた。
今にも殴りかかりそうな勢いだった。
だが、紅珠は何も宿さない冷ややかな目で戒の事を見つめた。

「では聞くが、他の村が同じような目に合った時、お前は今のように泣いたか?今のように取り乱したか?」
「それはっ・・・。」
「こんな現状を見るのは、始めてじゃないだろう?」

紅珠の言葉に、戒はゆっくりと手を離した。
そのままガクンと大地に膝をついて、流れ出てくる涙をこらえるように唇をかみしめた。
家がなくなり村がすっかり一望出来る。
しばらくその光景を見つめていた紅珠は、突然に動きだした。
戒の脇から去って行く足音。
戒は顔をあげて紅珠の事を見上げた。
紅珠はすでに村に背を向けて、出て行こうとしていた所だった。

「兄貴!?」

戒が呼び止めると、紅珠は背中越しに戒へと視線だけ向けた。
だが、その視線は何よりも冷徹な殺気の籠もった視線だった。
さすがの戒も、背中に悪寒が走る程。

「埋葬は後回しにする。すぐにアジトに戻るぞ。お前はどうする?戒。」
「え?!なんで!?みんなをこのままになんかしていけないよ!」
「・・・なら、ここに1人で残ればいい。」

それだけ言うと、紅珠は自分のアジトへと走り出した。
その後を仲間もついて行く。
戒は、来ていた服を一枚その少女の遺体にかぶせると、慌てて紅珠の後を追いかけて行った。