第一話  その2


華やかな婚約披露パーティ。
誰もが、きらびやかな服に身を包み、穏やかな生演奏の曲が耳に入る。
常に笑顔のままで、蒼翔の隣にいる蘭華。
蒼翔も先程までの顔とは違い、皇太子としての顔になっていた。
こうやって、お互いに仮面を着けての生活が、日常生活になる。
蘭華は再び胸に手を当てた。
そんな蘭華を見て、蒼翔は心配そうに顔をのぞき込み、小さな声で囁いた。

「どうした?」
「ううん、なんでもない。ちょっと疲れたみたい。」
「そうか…なら、少し控えの間で休むといい。」

蒼翔に言われて、蘭華は頷くと、女官と共に披露会場を抜け出した。
少しずつ歩く度に、音楽は遠のき、静けさが広がる。
回廊を歩いて、少し外の空気に触れた事で、蘭華は大きく息を吐いた。
今日は本当にどうしてしまったんだろうか。
蘭華は、自分の屋敷のある方角を見つめた。
空が赤くなっている。
夜だと言うのに、その場の空だけが赤く燃え上がっていた。

「まさかっ!!」

蘭華は頭につけている装飾品を取り外すと、女官達を置いて走り出した。
宮殿と我が屋敷を繋ぐ秘密の道を急ぎ、走ると・・・。
思った通りに、蘭華の目の前で自分の屋敷が赤く燃え上がっていた。
屋敷の周りには、人が幾人も倒れていた。

「大丈夫!?」

蘭華が駆け寄り、一人の使用人を抱き起こそうとした瞬間。
手にに感じる生温かい感覚。
恐れるように、自分の手を見ると・・・そこにはべっとりと、粘り気のある人の血。
よく見れば、火事で亡くなったのではなく、何者かに刺されて殺された痕があり、そこからは大量の血が今でも流れ出ていた。

夜盗!?

蘭華がそう気付いて、急いで宮殿に戻ろうとして体を反転させた瞬間。
目の前に大きな男が立っていた。

「ひっ!」

あまりの恐ろしさに、声を飲み込むと同時に、男の大きな手が容赦なく蘭華の頬へと打ち下ろされた。
頬を叩かれた瞬間に、蘭華は吹っ飛ばされて、そのまま意識を手放してしまった。
蘭華の周りに人垣が出来た。
手に持つ武器からは、真新しい血が滴り落ちている。
蘭華の顔を確認すると、一人の男は嫌らしい笑みを浮かべた。

「連れてけ。売れば相当な金になる。」

がたいの良い盗賊の一味は、蘭華を肩に担いだ。
そんな所へ、蘭華の後を追って来た女官達に出くわした。
女官達は声を出す間もなく、一瞬のうちに殺されてしまった。
夜盗は、盗る物が終わったとばかりに、その場から静かに姿を消した。

最後の止めを刺されなかった、一人の女官が、血が拭き出る腹を押さえて、体をひきづるように宮殿へと、ゆっくりと戻って行った。
顔はすすで汚れ、髪も乱れ。
唇からは血の気が失せてしまった、女官はなんとか宮殿にたどり着くと、近くにいた番兵にすがるように、倒れ込んでしまった。

会場で終始穏やかな表情で、歓談していた蒼翔の元へ一人の女官が近づいて来た。
何かをその話を耳打ちすると、蒼翔の表情は穏やかなままで、会場の外へと誰にも気付かれないように出た。
会場を一歩出れば蒼翔の表情が一転した。

「その者はどこにいる。」
「近衛兵の休息所に。」

女官の言葉で、蒼翔は休息所へと駆けだしていった。
部屋に入ると、数人の近衛兵が1人の女官を取り囲んでいる所だった。
全員が一斉に頭を下げる中、蒼翔は救護ベットに横になっている女官の側に寄った。
だが、女官はすでに息を引き取った後だった。
蘭華に付きの女官だった事に、蒼翔の冷静さを失った。

「何があったと言うのだ!?」

近くに立っていた近衛兵の胸ぐらを掴んで、にじり寄った蒼翔に、近衛兵は慌てたように現状の説明を始めた。

「それが、蘭華様のお屋敷に夜盗が入り、今消火活動はしておりますが、残っておりました屋敷の者は、全員殺されておりました。」
「蘭華は!蘭華は無事なのか!?」
「それが・・・その・・・夜盗につれて行かれたと。」

その言葉を聞いた途端に、蒼翔は外へと走り出た。
だが、皇太子が宮殿の外に出るのは、公には認めおられず、何十人の宦官達によって、蒼翔が蘭華を捜しに行こうとする手を阻めた。
大声で何度も「どけ!」と叫ぶ皇太子の悲痛の叫び声は、真夜中の夜空に響き渡っていた。