序章 その1



その昔、この大地は緑に覆われた豊かな大地だった。
春には、花を咲かせ
夏には、心地良い風が吹き
秋には、沢山の収穫があり
冬には、美しい景色を見せていた。
だが、その大地も今となっては、そのカケラすら分からない。
あの運命の日。
業火の7日間が起こったこの大地は、魔族に掌握されてしまった。
生き残った人間は、魔族から身を守りながらも、細々と暮らしていた。
だが、この時代。
静かに暮らしていない部族が存在した。
魔族を狩る事を生業にした、一族。
人々は、彼らの事を【魔物ハンター】と呼んでいたと言う。


大きな木の真下。
その一族の集落は存在する。
地下組織とも言われる、地下都市で生活する彼らは、昔の緑豊かな時代と寸分変わりなく生活をしていた。
唯一、人工の太陽以外は。
地下の空間は、想像以上に深く、広く。
下の階数に降りれば、降りる程、その者のハンターとしての実力が立証される。
最下層には、この一族の長がおり、そこまで降りる事を許されているのは、ハンターを統べる班長のみとなっている。
普通の住人が生活してるのは、地下1階。
ここにはハンターの家族、または修行中の身の者が生活している。
そして地下2階から5階までは、ハンターになる為の訓練学校が存在し、地下6階以降がハンターの本部があり、ハンターの居住区域が存在する。

「んーっと、コトハは何処かなっ??」

深いラピス色の髪を無造作に後ろに流し、すらりとした身長。
均一の撮れた筋肉を持つこの若者。
ハンターの班長の資格である腕に黒いリボンを巻いている。
この者の名は、ミナト。
ミナト班のリーダーであり、次期この一族を背負う族長候補の一人である。
その実力は、今の族長を遥かに凌ぐと称賛される。
迅速、かつ丁寧。
それがミナトの仕事スタイルであり、ミナトの性格と言っても過言ではないだろう。
この容姿。
無論、他の一族の者が放っておくはずもなく。
毎日のようにお見合いの話しが持ち上がってくるのだが、本人はのらりくらりと逃げ回っていた。
だが、今回は逃げ回っているのでなく、その逆。
自分のグループの仲間を捜していた。

「んーこの階にはいないのかな?上かな・・・?」

上にあがる階段を上り、開かれた場所は一般居住区。
ここには沢山のマーケットが存在する。

「ミナト様!」

ミナトが顔を出した瞬間に、大勢の人間に取り囲まれていた。
ミナトは笑みを浮かべて、一人一人に応対していたその時だった。

「あーーー!!!」

ミナトの大きな声。
それもそのはず。
先程まで探していた人物を見つけたからだ。

「コトハーーーー!!」
「げ。」

自分の名前を呼ばれた少年は、ミナトの顔を確認するや、すぐに逃走準備に。
あっと言う間にその場から姿を消した。
消えたと言うよりも走り去ったのだが、普通の人には消えたように見えるだろう。
その速さにより。

「俺から逃げられると思ってるのかい?」

にやりと笑みを浮かべるとミナトも、その場から姿を消した。
普通の人には見えない速度。
だが・・・彼らは違う。

「なんで追いかけてくんだよ!ミナトッ!」
「なんで逃げるのさ!」

すでに併走しているミナトとコトハと呼ばれる少年。
淡い茶色の髪を風に靡かせて走る姿は、まるで女性のよう。
華奢な線ではあるが、そこにはしっかりとした筋肉がついてる。
まごう事なき、男である。
このコトハ、ミナト班の一人である。
そして・・・

前方から来る二つの影。
金色の長い髪を揺らめかした、端正な顔立ちの女性。
その意志の強い目は、何を見つめているのか。
目の前から来る影を見て、おもむろにため息をつくと、手刀を作り、口もとへと持っていった。

『母なる大地、大いなる大地よ。我が意に従いて、我が前に立ちふさがりし
邪を撃ち倒さん・・・大地よ!大いなる壁となりて、障壁となせ!』

素早く呪を唱えると同時に、大地に手をついた。
すると大地はまるで彼女の意志に従うかのように,大きくうねり、巨大な壁を作りあげた。

「げ!」

突然現れた壁に、ミナトとコトハは急ブレーキをかけたが・・・
車は急には止まれない・・・いや、人は急には止まれない。

ベシャッ!!!

「お・・・っと。」

壁に激突したのは、コトハ。
寸前で、体勢を変えて壁に足をついて止まったのは、ミナト。
ズルズル・・・と顔面を壁にぶつけたまま下へと落下していく。
ミナトは、下にいる女性を見つけると、すぐに下へ飛び降りた。

「やぁ、ユキ。」
「こんな狭い場所で、暴走しないでよ。危ないし。」
「ああ、ごめんごめん。」

たははっと笑うミナトに、呆れたような眼差しの女性。
彼女の名は、ユキ。
コトハと同じくミナト班の一員ではあるが、長年ミナトのパートナーとして活動してきた実力者である。
もしも男であれば、族長候補に確実になっていたであろう人物だ。

「いつつ・・・。」

真っ赤になった顔面を押さえて、コトハも下に降りてきた。

「大丈夫かい?コトハ。あー言う時は、体勢を変えないと」
「・・・れるわけねーだろ!!!ユキが真下にいたから、あぶねーし!!!」
「あ。」

今気付きましたと、ミナトはユキへと視線を向けた。
だが、ユキの事だ。
危ない目には、自分から避ける。
だからコトハが心配するような事はあり得ないと言う確信があったのだが・・・。
まだ、一緒に活動するようになって日が浅いコトハには理解出来ないらしい。

「まー…どちらにしても、もう少し考えた方が良いね。」
「で、何の用だよ。」

ムスっとした表情でミナトの事を見つめるコトハは、まるで少年。
まだまだヤンチャ盛りの感じである。
ミナトは、コトハの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「長老様達がお呼びなんだよ。仕事だ。」
「だったら、そう言えばいいだろ!!」
「何言ってるんだい?コトハが勝手に逃げたんだろ?」

キョトンとした顔でコトハを見つめるミナト。
その顔が、コトハにとっては本当にムカツク。
ふい…と視線を逸らした。

「ユキも、いいね?」
「・・・はーい。」

三人は、長老達がいる下の階へと降りて行った。
これからの任務を聞く為に。