【 本 編 前 の 前 夜 祭 】 



木枯らし吹く黄昏時。
市中と王宮の間に佇む大きな屋敷。
軍部と呼ばれる者達の詰め所になっている。
その中でも、一番市中に近い隊舎を当てられているのが、【雪 桜 隊(せ つ お う た い)】と呼ばれる軍部である。
雪 桜 隊は、市中の警護の他、戦乱になった時に一番槍を入れる「特攻部隊」でもあり、影では「暗殺業」もこなす。
出自は、不明者が多く、軍部の中では「ならず者」の集まりと影口を叩かれている程である。
だが、おそらく実力はその部隊よりも秀でているだろう。
その大将の人柄に惚れ、大将に付いて行こうと決めた、多くの若者の人材で。

昼間の市中警護をしていた者達と、夜の警護に入る者達が、一堂に会す刻限。
隊長格、上官クラスの者は、雪 桜 隊(せ つ お う た い)の全員が入れる大広間に集まっていた。
それぞれ、部隊毎に入り口から壱番隊から横一列に隊長格が座り、その後ろにそれぞれの隊の上官クラスの人達が各10名ほど座っていた。
まだ現れない、大将の大 和と副将の九 条
この待ち時間は、隊員にとっても情報交換であったり、雑談の出来る唯一の時間帯だった。
無論、壱番隊の隊長の座る一番前は、一つ空いている。
その後ろには、副長の伊 勢 颯 樹(い せ さ つ き)が座っていた。
自ずと、弐番隊の隊長である甲 賀 瞬(こ う が し ゅ ん)が、颯 樹の斜め前になる。
甲 賀は眠そうな顔で、欠伸を何度も繰り返して、ざわめきをなんとなく耳に入れていた。
ふと、何に気付いたのか、甲 賀は颯 樹の事を見つめた。

「何か?」
「颯 樹ちゃん、ここに来なよ。」

そう言って、ポンポンと畳を叩かれた場所は、本来は隊長が座る場所。
颯 樹は首を横に振った。

「そこは、九 条隊長の座る場所です。」
「でも九 条さんは副将として、前に座るでしょ?だったら、隊長代理になる颯 樹ちゃんが座るのは道理だと思うけど?」
「しかし。」
「それに壱番隊隊長が空席って、見るからに間が抜けてる感じがするよね。」

言われて見れば、確かに。
颯 樹は迷うように、ゆっくりと前に座る位置をずらした。
オズオズと、甲 賀の隣へと並んだ。
なんだか居心地が悪い。
そう身体全体で言ってるかのように、颯 樹は小さくなっていた。
そんな颯 樹を見て、甲 賀は面白そうに笑った。

「天下の颯 樹ちゃんも、恐縮する事なんてあるんだ?」
「天下ってなんですか。それに、普通は緊張します。」

うっすらと汗を掻いている颯 樹の表情に、甲 賀は咄嗟に視線をそらした。
そんな颯 樹と甲 賀の話しが耳に入ったのか、となりにいた参番隊の隊長の甲 斐 大 助(か い だ い す け)が顔を覗かせた。

「あーわかるぜ、颯 樹。最初ってそこに座るのって妙に緊張すんだよなぁ。」
「お前の場合は、怒られる事が前提だからだろう。」

さらにその隣にいた肆番隊の隊長、阿 波 友 幸(あ わ と も ゆ き)が唯一正座をして、目を閉じながら口だけが開く。

「あーなんだよぉ、友さん!そんな事ねぇって!緊張するじゃんか、なんかさ。」
「それは、お前の力量がまだそこまで達してねぇって事だろう?」

甲 斐をいつも、からかって遊んでいるのは、伍番隊隊長の相 模 幸 太(さ が み こ う た)
どの人からも兄貴的存在で、頼りにされている男である。

「サガさんまで、そう言うこと言うのかよ。俺は、颯 樹が緊張しないようにだな!」
「伊 勢、緊張する必要なんてねぇって。たかが、座る場所が一つ前になっただけじゃねぇか。」

たしかに、相 模の言う通りではあるのだが。
甲 賀もニッコリとした笑みを向けていた。

「サガさんの言う通りだよ。ちょっと言われただけで、前に出れる度胸があるんだから、今更でしょ?」

甲 賀・・・。
全員が思ったに違いない。
甲 賀の悪意のない笑みと、悪意のある言葉。
全員が、肩を落として深いため息をついた。
颯 樹が、先程まで自分がいた元の位置に戻ろうとした時だった。
障子が開き、颯 樹の肩に優しく手が置かれた。
それは、下がらなくていいよ・・・と言ってるような、優しい手つき。
颯 樹は、視線を上へとあげた。

「九 条隊長。」
「おめぇは、俺の代役なんだ。そこに座って文句言う奴がいれば、俺が叩き斬るから、安心してろ。」

最期の言葉は、確実に甲 賀に向けての言葉なのだろう。
颯 樹から、甲 賀へと視線を移した九 条の目には、微かな殺気が滲んでいた。
甲 賀は、軽く肩を竦めてみせた。
もう興味はないと言わんばかりに、正面を向いてしまった。
先程まで遊んでいたおもちゃに飽きた子供のように。
九 条は、隊長の証である額に飾る鉢巻きをスルリ…と解くと、颯 樹の左腕に巻き付けた。

「九 条隊長?」
「俺の代理っつー証だ。話しが長くなるから、しばらく頑張れよ。」

ポンポンと頭を数回撫でると、九 条の表情は隊長から副将へと変わった。
全員と向き合うように、座る。
真ん中は、これから来る大将の大 和さんが。
向かって右側は、軍師の美濃さん。
そして、颯 樹に一番近い位置には、九 条が座る。
これもすべて計算しつくされた配置であった。

「九 条さん、大 和さんはどうしたんですか?」

いつもなら、九 条と共に来る筈の大 和。
それが遅れるのは、珍しいと甲 賀は首を傾げた。

「市中でどっかのバカが、大捕物をした為に損害費用の申告に行ったんだが、まだ戻って来ねぇ。まぁ、橋を一つぶっ壊したんだから、ごめんで済むわけねぇだろうな。」

どっかのバカ。
全員が、甲 賀へと視線を集めた。

「どこのバカですか、そんな白昼堂々と。」

おくびにもせず、甲 賀はニコニコ笑みを浮かべながらも、全員の視線をやんわりと逃げていた。
大捕物・・・確かに、甲 賀が起こした事件。
だが、それ以前に颯 樹が関わっていた事も事実。
主に暗殺の仕事を任されている颯 樹には、数えるのもばからしい程の敵が存在する。
恨みも、相当買っている。
呪いの札やら、呪いの人形・・・匿名で送ってくつ郵便物のほとんどが、颯 樹宛。
毒物を仕込んでくるのもあれば、爆発物を仕込んでくる奴もいる。
それ程までに、颯 樹はこの世から抹殺した輩が多いのだ。
それ故、護衛兼監視の為に雪 桜 隊屈指の剣客である、甲 賀と共に行動することが、自然と多くなっていた。
何かあった時、颯 樹を殺せるのは、雪 桜 隊の中では甲 賀だけだろうとの、判断からだった。
だが、この甲 賀が四番隊隊長の阿波のように、常識人であれば問題はなっかのかもしれない。
だが、彼は違う。
常識人なんて言葉は、自分の辞書から破いて燃やして、灰にして捨てたような奴だ。
それ故、小さな出来事が気付けば大きな事になっているなんて事は日常茶飯事である。
甲 賀から言わせれば、周りが勝手に大きくした・・・と言う言い分なのだが。
颯 樹は、俯いた。







颯 樹は壱番隊を引き連れて、西回りに市中警護をしていた。
甲 賀の弐番隊は東周りに市中警護をしていた。
おのずと、ど真ん中で、二つの隊はかち合うのだが、そこはちょっとした挨拶をしてさらに市中を見回りするのだが・・・。
そうはいかなかった。
甲 賀と颯 樹が大通りの真ん中で、和やかに挨拶を交わした瞬間。
どこからともなく銃声が。
あきらかに颯 樹と甲 賀を狙っての弾道。
二人は互いに身体を引いて、銃声の聞こえた方に視線を向けた。
カチャリ…と刀に手を掛け、すぐにでも抜刀できるようにしていた。
だが、それ以降はシーン…と静まり返り、何も行動を起こして来なかった。
甲 賀はニヤリと笑みを浮かべた。

「うわぁ。わっかりやすい罠。」
「このまま大通りで、捕り物をしたら、損害が。」
「それは九 条さんが考える事であって、僕達は悪い人を捕まえるのがお仕事です。」

そう言った瞬間に、甲 賀は狭い路地の中へと入って行った。
弐番隊の隊員もそれに続く。
颯 樹は辺りを見渡して、壱番隊の一人の隊士には、九 条さんへの伝言を。
残りの隊員の半分を屋根に上られて、甲 賀を追いかける事に。
そして、颯 樹と数名は、甲 賀が出てくるであろう場所へと下から回る事にした。
的確な指示を出し終わると、先に入って行った、甲 賀とその仲間が、血相替えて戻って来た。

「はい?」
「颯 樹ちゃん、後は頼んだ!」

脇をすり抜ける甲 賀の言葉。
意味が分からずに、目の前を見れば・・・大筒が、迫っていた。
いやいや、なんて言うか・・・色々な意味で反則だろう。
颯 樹も、甲 賀の後を追うようにして、走り出した。

「なんなんですか、あれは!!!」
「僕だって、知らないよ!追いかけて行ったら、逆に待ってたのがアレなんだもん。」
「でも、あれってたしか・・・。」

大筒は、大地に固定してから弾道を決め、発射する。
こうやって走ってる間は、発射はされないって事で。
と、思った瞬間。


ドガーーーーーーン


「うわっっとっと!!!!」

甲 賀も音と共に急に速度を落として、右へと曲がる。
颯 樹は、左へと曲がった。
はぁはぁ・・・と息が上がる中、待ち伏せされていたもう一つの大筒が、火を噴いたのである。
全ては敵の渦中の中と言う訳だ。
颯 樹と甲 賀の目つきが一瞬にして変わった。

「伊 勢副長・・・?」

その何とも言えぬ、禍々しいオーラに、自軍の者ですら近づけない程。
颯 樹と甲 賀はほぼ同時に抜刀した。
人の手の内に転がすのは、好きだが、その逆は大嫌いだ。
しかもそれが、目的も分からずに大筒をぶっばなすアホなら。

「斬る。」

颯 樹の口から、低いうなり声にも似た言葉がこぼれた。

「え、副長!!!」

颯 樹と甲 賀はほぼ同時に、大筒のある細い道へと躍り出た。
甲 賀が、追いかけてきた大砲に向かって。
颯 樹は、火を噴く大筒に向かって、走り出した。
いくつもの銃声が、颯 樹を襲う。
だが、その弾道さえ見えている颯 樹には意味がない。
刀で弾を、一刀両断しながらも、その俊足な早業で敵へと近づく。
周りにいる一般の人。
もちろん、大筒の被害にあった人もいる。
颯 樹は奥歯をかみしめた。

「あわわわわわ、うわわわわぁぁぁぁぁ!!!」

颯 樹の鬼気迫る攻撃に、次々と逃げ出す咎人。
大筒の上に、トン…と飛び乗ると、颯 樹は近くに逃げ遅れた者たちを、迷うことなく絶命させた。
すでに遠くへと逃げ初めている者。
颯 樹は、チッと舌打ちを零すと、大筒の上から飛び降りた。
今から走っても、全員は捕らえる事が出来ない。
チラリと視界に入るのは、準備万端の大筒。
だが、この先は、橋が架かる市中。
確実に橋が壊れる。
すれば修繕費用は、莫大な費用がかかる。
どうしたものか・・・と考えていた瞬間。

「えい♪」

ドカーーーーーーーン

「はいっ!?」
「おおー飛んだ♪飛んだ♪」

迷いも戸惑いもなく、線を引いたのは・・・
弐番隊隊長の甲 賀瞬。
目の前の橋は、木っ端微塵。
颯 樹が呆然とする中、甲 賀はさらに走り出した。

「颯 樹ちゃん、行くよ。」

甲 賀の後を追うように、首謀者と思わしき男を捕まえようとしたのだが・・・。
甲 賀はあっさりとその男を絶命させてしまった。
ほとんど戦意喪失していると言うのに、甲 賀の剣は止まる事を知らないかのように、人の命を絶って行った。
さすがの部下も、甲 賀の愚行には、腰を抜かす者も出てきた。
ただ、固唾を飲んで見守る事しかできない。

「甲 賀隊長!!!!!」

最期の一人を殺そうとした所に、颯 樹は敵の前に現れて、甲 賀の剣を受け止めた。
その早く重い剣戟は、颯 樹の全身に響き渡る。

「くっ!」

なんとか刀を押し戻すと、甲 賀は少しだけ距離を取って、颯 樹と対峙した。
すでに腰を抜かして、涙まで浮かべている男。
どう見ても、雑魚でしかない。
こんなのまで殺す必要はないし、首謀者やら、どこから手に入れた武器なのか、色々と聞く事は残っている。

「颯 樹ちゃん、そこ、どきなよ。君も一緒に斬られたいの?やっぱり、君も仲間なの?」
「この人は、斬らせません。」

颯 樹は甲 賀の質問に答える事はなく、静かに刀を構えた。
その瞬間だった。

「まずっ!!」

颯 樹は、一歩横へと踏み出した。
その瞬間、一発の銃声が、颯 樹のすぐ後ろから響いた。
音が耳に入ると同時に、身体に異物が入る感覚。
何かにえぐられるように、熱い。

「うっ!!」
「くそっ!」

後ろにいた奴は、さらに体制を引くくして、続いて二発目の銃声を轟かした。
それを視界の端に捕らえていた颯 樹も、同じく体制を引くする。
刹那、先程以上の異物の侵入が、身体を熱くさせていく。
颯 樹は奥歯をかみしめた。

「くっ・・・」
「颯 樹ちゃん!!!」

颯 樹の隊服が、まるでぼたんの花柄のように、赤く染め上げていく。
その光景を見て、甲 賀の目は人を殺す事だけを快楽にするような、異常さを増した目から、いつも通りの甲 賀としての目に戻っていく。
それと同時に、驚愕するかのような、表情。
颯 樹は「大丈夫」と甲 賀に対して、薄く笑みを浮かべると、身体を反転させた。

「うっ…。」

咄嗟に近寄ったからか、おそらく弾は貫通してるし、急所は外れている。
だが、動けば血が溢れる。
颯 樹は、後ろを振り向く反動を利用しながら、その男の首をかっ飛ばした。
首を失った身体は、大量の血しぶきと共に、その場に倒れた。
ガシャン・・・。
颯 樹は刀を、大地に強く突き刺した。

「いつつ・・・。」

怪我しない事はなどあり得ない。
特に暗殺してる時は、無傷で帰る事は、あまりない。
だから、怪我に慣れてると言えば、慣れてる。
でも・・・さすがに、これは・・・。
颯 樹は、ゆっくりと息を吐き出して、立ち上がろうとした。
だが、その瞬間にフワリ・・・と誰かに抱き留められた。

「伊 勢!!おい!しっかりしろ!!!伊 勢!!!!」

横から大きな声を上げるのは、九 条さん。
その血の多さに、驚いているのか、傷口のすぐ上を手で圧迫してきた。

「く…九 条…さん…死 体が。」
「ああ、そんな事は俺に任せておけ!おい!甲 賀!!何、突っ立ってるんだ!!現場の指揮をさっさと取りやがれっ!!!」

九 条の言葉に、甲 賀は我を取り戻したように、目を見開いた。

「颯 樹ちゃんはっ。」
「伊 勢は、俺が隊舎まで連れて帰る!後の事は頼んだぞ!!」

九 条はそれだけ言うと、颯 樹を自分の羽織で巻き付けた。

「颯 樹、腹を押さえてろ。いいな?絶対に放すんじゃねぇぞ。」
「うん…ごめ・・・九 条さん。」
「しゃべんじゃねぇ!!」

九 条は、颯 樹を横抱きにすると、その場を離れた。
甲 賀はゆっくりと取り残された颯 樹の刀を手に取った。
血で塗れたその刀身を見て、全身の血が下がる思いがした。
あの銃弾は、颯 樹が受けるものじゃなかったはず。
一瞬の身体のブレを甲 賀の目が、捕らえられないはずもない。
彼女は自ら、急所を外すようにして、己の盾として身体に銃弾を浴びた。
あんなに血をだしながらも。

「甲 賀隊長!ご指示を!!!」

周りには、残された部下が数十人。
そこから甲 賀の記憶は、はっきりと覚えていない。
どうやって隊舎に戻ったのかすら。
六番隊の処置室の前に、抜刀した状態のままで立っていた。
入る事もせず。
ただ、部屋の中からは、何かを噛ませながら、悲痛に叫んでいる颯 樹の声が聞こえていた。
『大丈夫だから』『後少しだ』と颯 樹を励ましているのだろうか。
全身、血だらけの甲 賀は入る事も出来ずに、ただその場に立ち尽くしていた。

「颯 樹ちゃん…。」
「瞬、そんな格好で何していやがる。」

九 条の声で、甲 賀はまるで意識をそこで取り戻したかのように、顔をあげた。
どうしていいのか分からないと、まるで迷子の子供のような、甲 賀の表情。
九 条は、甲 賀を上から下まで見て、襟首を掴み上げて、中庭へと投げ飛ばした。

「いつっ…何するんですか!九 条さん。」

甲 賀は、壁にしこたま身体を打ち付けた。
だが、足で立つ事も叶わないのか、そのままズルズルとその場に座り込んでしまった。
無言で九 条は、甲 賀に頭から井戸水をぶっかけた。
その冷たさと、肌に付着する水を帯びた着物特有の気持ち悪さに、九 条を睨み付けた。

「なんですか。」
「だからいつも言ってんだろうが。戦場では、より冷静さを欠くなと。てめぇ一人で楽しむのは構わねぇが、周りが居ることを忘れんな!!って何度も言っただろうが!!!!」

九 条の怒りは、いつもの怒りとは訳が違った。
眉間に皺を寄せてはいるが、それは情けなさと腹立たしさ、そして・・・
九 条は未だにうめき声が聞こえる部屋へと視線を移した。

「颯 樹に感謝するんだな。」
「・・・わかってますよ、そんな事。」
「あの痛みは、本来はお前に行くはずだった痛みだ。とりあえず、身体を清めて来い。そんななりじゃ、紀 伊が中には入れてくれねぇぞ。「雑菌」扱いされるのが、オチだ。」
「・・・九 条さん、雑菌扱いされたんですね。」
「・・・。」

力のない笑み。
いつもの嫌味もこれほど心のない言葉だと、何とも思わない。
九 条は、静かに甲 賀の目の前にしゃがみ込んだ。

「これは大 和さんからの厳命だ。伊 勢の傷については、極秘扱い。伊 勢にも、処理が済み次第、すぐに復帰してもらう。」
「な!?それじゃ、颯 樹ちゃんの身体が!!」
「厳命だ。」

それだけ言うと、九 条は甲 賀の前から姿を消した。

「大丈夫か?甲 賀さん。」

物陰から見ていたのは、甲 斐大助。
大助は、そーっと甲 賀に近づくと手を差し伸べた。
いつもなら「いらない」と手をはねのける甲 賀が、珍しく甲 斐の手を取った。
それ程までに、甲 賀の中で何かが起きているに違いない。

「颯 樹なら、心配ねぇって。さっき、紀 伊さんに聞いたら、弾は貫通してるし、急所も外してるから、塞ぐ作業だけだって言ってたし。」
「・・・そう。」

甲 賀はそれだけ聞くと、まるで亡霊の如く湯屋の方へと歩いて行った。
そんな後ろ姿を甲 斐と、そして相 模が見つめていた。

「ありゃ、相当キテんな、甲 賀の奴。」
「サガさん、俺、あんな甲 賀さん見るの初めてなんだけど。」
「奇遇だな。俺も初めてだよ。甲 賀にとっちゃ、良い薬になりゃーいいんだけどな。」

良い薬。
それの代価はあまりにも、大きいような気もする。
甲 斐は、ちらりと処置室を見つめた。
いつの間にか、処置室から颯 樹の声が聞こえなくなっていた。
相 模は、ゆっくりと処置室近くの欄干に、背を預けた。
部屋から出てきたのは、汗だらけの陸番隊隊長の紀 伊 成 輝(き い な り て る)と数人の部下の姿。

「なんだ、お前らも怪我でもしたのか?」
「んなわけねぇーだろ。伊 勢の奴は?」
「ああ、止血もした。傷口も塞いだ。あと数刻後の集まりには、顔は出せるだろう。」

大 和さんも酷い仕打ちをする。
だが、これだけ無理をさせるのには、きっと何かの意味がある。
相 模は、そう感じていた。
颯 樹に無理をさせなければいけないほどの、根の深い、何かが。

「なぁ、紀 伊さん。」
「痛み止めで、なんとか一刻は持つ筈だ。あとはすぐに寝かせるしかない。」
「了解。」

相 模は全てを悟ったように、甲 斐を引き連れて、その場を離れた。
ごくごく小さな場所では、慌ただしく動いていただが、隊舎の表側では、何分代わりのない平和な時間が流れていた。





「待たせて、すまねぇな。」

入って来たのはスラリと背の高い、大 和大将。
静かに障子を開けた途端に、目に入ったのは、颯 樹の姿。
大 和の瞳が、一瞬だけ柔らかな物に変わるふぁ、自分の席に着く頃には、大将としても顔に変わっていた。
颯 樹は、そっと脇腹に手を当てた。
ジワリ…と血が滲む感覚。
まだ完全に塞ぎ切れていない、今の状態では、座っているのがやっと。
颯 樹は、誰にも気付かれないように、痛みを発散するように深く息を吐き出した。

「ん。」

目の前には、手ぬぐい。
こちらの顔を見る事もなく、横から出された。
その手は甲 賀のもので、颯 樹は疑うように甲 賀の事を見上げた。

「緊張し過ぎだよ、颯 樹ちゃん。汗、汗。」
「・・・どうも。」
「九 条さん、今日の定例会って、始まるの遅いし、次の仕事に差し支えあるしさ、要点だけで良いんじゃない?」

珍しい甲 賀の意見で、周りがざわついた。
いつも、定例報告なんて、聞いてないような甲 賀にしては、珍し過ぎる。
九 条もチラリと颯 樹を視界の端に入れながら、腕を組んだ。

「そうだな。まずは、気付いた事があった部隊だけ発表してくれ。」

九 条の言葉が始まりとなり、その話しは通常よりも長くなっていく。
そんな時間に、甲 賀は苛立ちを覚えた。
普段なら、そんな事まで報告してないだろう細かな所まで報告する奴ら。
確実に時間稼ぎだと言う事はわかってる。
だが、今ここで動いては全てが水の泡になる。
甲 賀は袖に手を隠して、力強く握り拳を作った。
だんだんと颯 樹の表情も青くなる。
もう限界だ。
甲 賀は、スッと立ち上がった。

「どうした、瞬。」

空気を一瞬にして帰る男。
良い意味でも悪い意味でも、甲 賀 瞬とはそう言う男だ。

「これって別に、全員が聞いてなくてもいいような内容だよね?」
「まぁ、そうかもしれんが。」

九 条の言葉に甲 賀にーっこりと笑みを浮かべた。
そこに、大 和の声が横やりを入れてきた。

「瞬。おめぇと伊 勢は、夜の仕事があったな?たしか。」
「そうですね。」
「なら、早く準備して行きな。副長でも置いていけば、後からで耳に入るだろぃ?」
「さすがは、大 和さん。話しが早くて助かりますよ。さて、颯 樹ちゃん♪」

甲 賀は怪我をしている脇腹を圧迫しないように、ゆっくりと颯 樹を立ち上がらせた。
一瞬だけ、顔を顰める颯 樹に、甲 賀は耳元で囁いた。

「ここまで来て、台無しにする気?」
「大丈夫です。」


甲 賀と颯 樹は一礼すると、部屋から退室許可を貰って出て行った。
九 条は、颯 樹の座っていた場所をジーッと眺めていた。
有に一刻は過ぎている。
それは痛み止めの効力も切れてる状況。
あの怪我で、倒れない颯 樹の精神力の強さに、敬服はするが・・・もう少し甘えて欲しいとも思う。
少し、離れた場所で、颯 樹は崩れ墜ちるように身体を傾けた。

「おっと。」

床に倒れ込む前に、甲 賀は颯 樹の両足と両腕の間に手を入れて、抱き抱えた。
熱まで出て、意識が朦朧とし始めていた。
大量の汗と、荒い呼吸。
甲 賀は颯 樹の部屋に向かうのではなく、土蔵の方へと足を向けた。
すでに意識が切れてしまっている颯 樹。
だが、何度か目を薄く開いては、自分の居る場所を確認しようとしていた。

「紀 伊さんの策に、落ち度はないから、安心して寝てなよ。」

甲 賀の言葉に、颯 樹は力なく微笑み、完全に意識を手放した。
ガクンと重みが増す。
甲 賀はそれを確認する共に、用意された一つの土蔵の中へと入って行った。
紀 伊の指示で、すでに患者用のベットが置かれ、処置に必要な機材が並べられていた。
甲 賀はゆっくりと颯 樹をそこに降ろすと、ふと脇腹を見つめた。

「くそ…。」

じわりと血で染まり始めている着物。
甲 賀は自分の羽織を颯 樹の上に掛けた。
ふと目にするのは、頭上に置かれている颯 樹の刀。
甲 賀はゆっくりと颯 樹の刀を手に持つと、静かに口火を切った。
キラリと妖しく光る刃。
カチャンと締め直すと、甲 賀は自分の持っていた刀を、代わりに颯 樹の頭上へと置いた。
今日、必ず決着が付く。
甲 賀の瞳から一切の炎は消え、ただ冷徹で冷たい目へと変化した。
【人斬り 瞬殺剣の 甲 賀】の誕生である。
甲 賀は土蔵から外にでると、そのまま本来颯 樹が寝泊まりしている部屋へと向かった。
何もない部屋。
調度品一つない部屋。
いつ死んでも可笑しくないからと、颯 樹は一切自分の私物を持たない。
隊から支給された服だけが、彼女の私物になる。
甲 賀は、部屋に布団を敷くと、髢を頭につけた。
頭上に颯 樹の刀を置いて、障子を背にして横になった。
それ以来、辺り一帯はシーンと静まり返った。
まるで虫までも息を殺しているかのように。


どれくらいの時間がそこで経ったのだろうか。
月が朝日と交代する刻限。
事は突然、動いた。
スー・・・と障子が開く音。
甲 賀は、目を閉じたまま気配を探った。
床下に二人。
天井に一人。
室内に二人、外に三人。
合計八人。

「うりゃっ!!!!」

一人の男が、先陣を切るように甲 賀の腹に一直線に刃を差し降ろした。
瞬間、甲 賀は布団をその男の顔を遮るように投げ飛ばした。
咄嗟に颯 樹の刀を手に取り、天井を一突き。
天井からは、血の滝流れが墜ちてくる。
そのまま室内にいた男達に動揺が走る。

「伊 勢 颯 樹じゃない!!」
ピンポーン、正〜解〜♪
「伊 勢 颯 樹を何処に隠した!!」
「さぁね?人様の心配よりも、まずは自分の心配したら?」

甲 賀の視線の先。
男達を包囲するかのように、隊長格がズラリと抜刀した状態で取り囲んでいた。
脇の廊下からは、大 和までも戦場の隊服を着て現れた。

「うわぉ。これって、僕なんかいらないんじゃないの?」
「くっくっく。良く似合ってるぜ、甲 賀さん♪」

甲 賀に付いてる女用の髢。
まだに取る事のなかった甲 賀に、甲 斐は笑いが堪えきれないようだった。
それは相 模も同じ事で。
阿 波でさえも、顔を逸らしている程だ。
甲 賀はそんな仲間をすーっと細い目で見つめた。

「阿 波君、笑いたいんなら、我慢しないで笑えば?」
「いや…そ、そんな事はっ…」

言葉と表情が合ってない。
それは甲 賀に取っての専売特許のはずなのに。
甲 賀は刀を肩に担いで、一網打尽にされた男達を見つめた。

「僕の部隊の子に、阿 波君の部隊の子。あと、サガさんの部隊の子だ。こっちは、九 条さんの部隊の子だね、もう死んでるけど。」

そう言って、甲 賀が振り返った瞬間に、天井が落ちて布団の上に絶命した男が墜ちて来た。

「首謀者は、紀 伊の部隊の奴か。」
「そのようですよ、大 和さん。どうします?」

暢気にそんな会話を繰り広げていた頃、後ろから九 条が出て来た。
二人の男は、口もとが切れ、痣がいくつも作られ、内出血をすでにおこしていた。
確実に九 条の鉄槌が下ったのだろう。

「あーあ。九 条さん、やり過ぎはダメなんじゃないんですか?」
「あー?お前が取り逃がしそうになったから、捕まえてやったんだろうが!」
「いやだなぁ、僕は九 条さんにも見せ場を作っただけですよ、誰にも見えない(とこ)で。」

ここまで来て、甲 賀の嫌がらせは健在。
甲 賀は、刀を向けている男へと視線を向けた。

「雪 桜 隊 第六箇条 隊員同士での私闘は禁ず。だが、刃を向けられた場合にのみ、時と場合により処断を許可する。」

言いながら、甲 賀は相手の首筋狙って、足に力を入れた。
一瞬にして、刀は相手ののど元へ。
よける時間なんか存在しなかった。

「瞬!やめろ!!!!!」

刃先が、ほんの少しだけ首に入り、その男の首から小さな傷が出来る。
タラリと流れた血を、甲 賀はジッと何も感情のこもらない目で見つめていた。
あと少しだけこの手に力を込めれば、たやすく命は絶てる。
だが、それは九 条の声よりも、大 和の鞘が自分の手に乗っている事で、叶わない。
甲 賀は静かに大 和の事を見上げた。

「気持ちは分かるが、今は我慢するこった。どうでぇい、お前ら。抵抗するんなら、してもいいぜ?こっちは首領格を手に入れたんだ。おめぇらには、用はねぇからな。」

大 和のその言葉で、男達は刀を振り上げた。
それが彼らの最期となる。
甲 斐と相 模の連携の攻撃。
止めを刺す阿 波の太刀筋。
一瞬にして中庭は、血の海と化した。
九 条が取られた男達も、結局は九 条によって斬られて絶命していた。

「瞬。その手を放しねぇ。」
颯 樹ちゃんは…何も

呟くように囁いた言葉。
あの銃弾は確実に、颯 樹ではなくて、自分を狙っていたと分かっていた。
なのに、颯 樹は自分の身を盾にしてまでその弾道軌道を逸らした。
本来ならば、自分が苦しむ筈だったというのに。
大 和は、チョンチョンと鞘で甲 賀の手を叩いた。
それに気がついて、甲 賀はゆっくりと大 和の事を見上げた。
大 和は、クイっと首で相 模達の方へと視線をそくした。
甲 賀がその視線を辿ると・・・そこには、颯 樹の姿が。
自分の刀をまるで抱きしめるように、そこに立っていた。
まだ熱だって下がっていないだろうに、額に汗を掻いて、おぼつかない足で、そこに立っていたのだ。

「颯 樹ちゃん。」
「仇討ちは御法度だぜぃ?それに、伊 勢も望んじゃいねぇ。」
「甲 賀さん。」

颯 樹はゆっくりと前に出た。
だが、すぐにバランスをくずして相 模へと倒れ込んだ。

「おっと、大丈夫か?伊 勢。」
「すみません、相 模さん。」
「これ以上は、念のため近づいたらダメだからな。ともかく、身体に障る。戻ろう。」

颯 樹はゆっくりと頷くと甲 賀達に背を向けた。
すると先程までとらえれていた男が叫んだのだ。

「いいご身分だな!男どもに守ってもらってよ!御姫様気取りかよ!!!」

その言葉に全員は殺気立った。
だが、それすらも大 和は目線だけで全員の刀を下げさせた。

「この女狐は、裏切るぜ!!俺達を裏切ったようにな!お前らも、裏切られないように、せいぜい用心するんだな!!!俺が死んでも刺客はいくらでも送りこまれる。何せ、あんたも良く知ってる方の、ご命令だからな!!!」

それだけ言うと、男は舌を噛んだ。
ツー・・・と口もとから、鮮血が流れ墜ちる。
男の身体もその場に倒れ伏した。
しばらく誰もがその場から動く事は出来なかった。

「あーあ、死じまいやがった。」
「大 和さん、悠長に言ってる場合じゃねぇぜ。唯一の証拠が。」

九 条は、目の前で絶命した死体の山を見つめて、呆れたように呟いた。
だが、大 和の顔からは、笑みこそ零れてはいるが、焦った様子は一つもない。

「んまっ、コイツの言う事が正しけりゃ、機会は何度でもあるだろうよ。心配すんねぇ。」

確かに大 和の言う通りかもしれない。
絶命した男の口から出た言葉の、その意味も。
颯 樹に対する刺客も。
裏切り行為をしたと言う事も。
全ては、颯 樹の中にある。
甲 賀は、すでに死んでいる男に、颯 樹の刀を突き刺した。
それを見た瞬間、九 条が戒めるように声を荒げた。

「おい!瞬ッ!!!」
「裏切る前に、殺すのが雪 桜 隊の心得なんだよ。君に教えて貰うような事はないんだからね。」

グリグリと刀を奥へと奥へと突き刺す。
そんな甲 賀の手の上に大 和の手がフワリと乗った。

「瞬、もういいだろぃ?伊 勢も、早く土蔵に戻って身体を癒すこったな。相 模、後は頼んだぜぃ。」
「はい。」

相 模と紀 伊は、颯 樹を連れてその場を離れて行った。
しばらく中庭に静寂が戻っていた。
大 和は死んだ男達の死 体を見つめ、その場に腰を降ろした。
九 条も、男達の遺 体を避けながら大 和の側へと立った。

「オミ、瞬。颯 樹から目ぇ離すんじゃねぇよ。」
「大 和さん、あんた、颯 樹の事を疑って!!!」
「どうだろうな?瞬よ、いざってぇ時は…頼んだぜぃ。」
「え…。」

それだけ言うと大 和は静かに立ち上がりその場を後にした。
残されたのは、甲 賀と九 条と、遺 体だけだった。
シンシン…と降り積もる雪。
冬の到来を告げる、冷たい氷の結晶。



それ以降、颯 樹の監視役として九 条とそして甲 賀が側に付くようになったのである。
それは、颯 樹が雪 桜 隊に入って、まだ日が浅い頃のお話。



 

後書き 〜 言い訳 〜
 
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。


文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

掲載日  2011.02.04
湖 氷


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