【 九 条 の 苦 悩 】 |
「ふわぁぁぁ・・・あれ?颯樹?」 いつもなら隣でスヤスヤと心地よさそうに寝息を立てているはずの、最愛の妻の姿がない。 ふと気配を探ってみても、近くにいないようだ。 珍しい。 厠かな? ふとそんな事を思いながらも、瞬の足は自然と厠へと向いていた。 常識と言う言葉を自分が破り捨てたような、この男。 女性が厠に入っていようが、関係なしに探せる神経を持っている事を付け加えておこう。 コンコン 「颯樹−?」 いくら待っても返事がない。 どこにいるんだろうか? 周りを見ても、雪桜隊の仲間の気配はある。 でも颯樹の気配が驚く程に感じなかった。 「颯樹っ!!」 ふと、嫌な事が頭を掠めた。 自分が暢気に寝てる間に、颯樹の命を狙うバカに連れ去られたのでは? いつもの颯樹であれば、そんな気配にも察知するかもしれないが・・・昨日は、夜中に大仕事を一つ片付けて来た所だ。 お互いに、部屋に戻ってからは、倒れ込むようにして、眠りについた。 昨日の人数は、久しぶりの記録的な数であった。 瞬が寝間着姿のままで隊舎を飛び出して行こうとした時だった。 「瞬、そんな格好で何処に行くつもりだ?」 今は一番聞きたくない、九条の声。 瞬は苛つきを隠す事もなく、振り返った。 「別に九条さんには、関係な・・・あ?」 「あ?とはなんだ。あ?とは。」 瞬は、何度も確認するように瞬きを繰り返した。 確かに、九条。 すでに雪桜隊の羽織もつけている。 だが、その腕の中には・・・。 ぐったりとして目を閉じている颯樹の姿。 ぐったりとして・・・? 次の瞬間、瞬は九条に向かって抜刀した。 「うわっ!!っと!てめぇ、いきなり何しやがる!!!」 「それはこっちの台詞ですよ!人の妻を気絶させて、何するつもりだったんですか!」 「はぁ!?てめぇ、話しを聞きやがれ!」 瞬の収まらない攻撃に、颯樹を抱えたままで逃げ出す九条。 その九条を、瞬は隊舎内を追いかけ回した。 むろん、その駆け足の音は、どの部屋にも響く。 「なんだぁ?」 眠気眼の大助が、障子を開いた瞬間。 ものすごい形相で駆け寄って来る、瞬の姿。 「はい!?」 鬼のような形相に、さすがの大助も刀を手にしてしまった。 その瞬間。 瞬は大助に向かってまで、刀を振り下ろした。 とっさに後へと避けたが、すでに瞬の目は正気を失っていた。 「な、なんなんだよ!甲賀さん!!」 「僕の颯樹を返せーーーー!!!!!」 「えー!?意味わかんねぇんだけど!!!」 うわぁ!っと大助が降りかかる瞬の刀をどうする事も出来ずに、怪我を覚悟した。 だが、いくらたっても降りて来ない。 ゆっくりと目を開けると・・・そこにはすでに瞬の姿はなかった。 ズルズル・・・と腰を抜かす大助。 未だに心臓がバクバクと早鐘を鳴らしている。 「な、なんなんだよ、朝っぱらから〜。」 なんとかよつんばになって、窓を開けると。 そこには、九条が走り去る姿。 その後からは、瞬が追いかけている。 「は?」 その妙な行動に、大助の頭はますます混乱した。 九条が瞬の事を追いかけますのは、日常茶飯事の事だ。 だが、なんでその逆なんだろうか。 「てめぇはいい加減にしやがれ!!!!」 「だったら、颯樹を置いて逝ってください!」 「逝くって漢字が違うだろうが!逝くって漢字が!!!」 そんな怒鳴り合いをしながら、隊舎内をドタバタと走り回る二人。 さすがに大助も下に降りて、事の顛末を確かめに降りた。 すると途中の所で、相模に遭遇した。 相模もどんよりと疲れたような表情で、大助に軽く手を挙げた。 「よぉ。」 「お、おはよう、サガさん。なんか、すごい疲れた顔してんね。」 「・・・瞬の野郎が、いきなり俺の腹の上に飛びこんで来やがって、人を足蹴にして出て行きやがった。怒鳴ったら、刀で切り付けられた。」 「ああ・・・やっぱり・・・。」 どうやら、今の瞬には自分以外は全て敵と判断してるようだ。 自分の行き先を邪魔するのは、目に入ってないのだろう。敵としか認識してないようだ。 ある意味、毎度の事と大助と相模は互いを見合ってから、深く息を吐き出した。 「「はぁ・・・。」」 なんだろう。 ある意味これが平和なのかもしれないが・・・。 「ったく、うるせぇな。何事だってぇんだ?」 「大和大将。」 大助と相模は、顔を見合ってから、身体を少しずらした。 まさに階段の下では、九条が瞬に追い詰められている所だった。 「瞬の奴が寝ぼけてるのかい?」 「いや・・・あれで寝ぼけてたら、完全に危ない奴っすよ。」 相模の冷静な突っ込みに、大和はックックック…と笑みを漏らした。 九条の手に抱えられている颯樹。 それをみて、大方の検討がついた大和は、階段の上に座り込んだ。 「あーあ。颯樹の病気が出ちまったようだなぁ。」 「「颯樹の病気?」」 颯樹に病気があるなんて、初めて知った。 相模と大助は、びっくりしたように大和の事を見た。 大和としては、本当に面白くて仕方ないと言う感じに、下を見下ろしていた。 「颯樹の奴。本当に気が抜けて寝ちまった時に、厠へ行くと・・・迷子になるんだよ。」 「ま、迷子?」 「ああ。自分の部屋と間違えるんだろうな。前は俺の部屋に入って来た事もあるぜぃ。」 颯樹が・・・。 あの完璧な颯樹が? 部屋を間違えるって。 「あん時ゃ、突然布団の中に入って来たから、驚れぃたもんだぜ。」 「え・・・布団に入った・・・?って事は・・・。」 相模はまるで恐ろしい物をみるかのように九条の事を見た。 九条が抱えてるって事は・・・ 颯樹が間違えたのは、九条の部屋って事で。 それはつまり・・・えっと・・・。 瞬にとっては恋敵の所に、自分の妻が行ったって事になるわけで。 大助も意味が分かったのか、背中にぞーっと冷たい物が走った。 「それはないと思いますよ。」 後から声を掛けて来たのは、美濃だった。 美濃はクスクスと妖艶な笑みを浮かべながら、大和の後へとしゃがみ込んだ。 「今日は九条君は、夜警護の番のはずですから。大方、仕事から戻ったら、颯樹殿が部屋にいたんでしょうね。」 「えーじゃ、別に一緒に寝たわけじゃねぇーんじゃん。なのに、なんであんなに甲賀さんは怒ってんだ?」 「うーん・・・きっと、理由なんて聞いてないでしょうね。九条君も、何度か話しを聞けと叫びながら駆け回っていましたから。」 話しも聞かないって。 どれだけなんだよ、甲賀さん。 大助は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。 まさに九条は後一歩と言う所で、瞬の剣戟を避けているような状況だった。 九条の視界に、階段の上にいる仲間を見つけると、叫んだ。 「おめぇら、ぼーっと見てねぇで、瞬の奴をなんとかしろ!」 「な、なんとかって言われてもよ。」 相模は困ったように、大和の事を見上げた。 大和は助ける気は全くないようで、完全に傍観者を決め込んでいた。 美濃もそのようで、相模は肩をすくめて、階段に座り込んだ。 「悪りぃな、九条さん。俺等は見物させてもらうわ。」 「何の見物だ、こらぁ!?・・・って、マジで颯樹が危ねぇって言ってんだろうが!」 九条が避けていた所に、大和は口にくわえていた煙管を、投げた。 その瞬間に、瞬は後を向いていると言うのに、見事に身体を脇にずらして避けた。 さすがは雪桜隊の最強の男である。 だが、瞬の影で煙管が見えなかった九条は・・・ コツン。 見事に、顔面に当たった。 一瞬、目を閉じた隙を見逃す瞬ではない。 そのまま自分の決め技を繰り出そうとした。 だが。 パチ・・・。 颯樹の目が開いて、目の前の瞬にニッコリと笑みを向けた。 九条の頭上に振り下ろされる、寸での所で刀は物の見事に止まった。 「おはようございます、瞬さん。・・・って、あれ?」 妙な浮遊感に、颯樹は抱えている九条の事を見上げた。 頭上の刀。 目下の颯樹。 九条はさすがに冷や汗を垂らして、刀に神経を集中しながら、颯樹をチラリと見た。 「やっと起きやがったか、颯樹。」 「あ、九条さん。おはようございます。」 「何暢気な事、言ってやがるんだ。この状況をなんとかしやがれ。」 「へ?」 よくよく見てみれば、階段には、雪桜隊の幹部連が腰を降ろして高見の見物を決め込んでいた。 周りの柱や壁、障子には無数の刀傷。 そして、ゆっくりと正面を向けば・・・鬼の形相の瞬・・・ではなく、にっこりと笑みを浮かべた瞬の姿が。 「おはよう、颯樹。颯樹がいなかったから、探しちゃったんだよ?」 「あ、すみません。厠に行って、戻ったつもりだったんですけど・・・。」 「またやったんだね、颯樹のお馬鹿さんだな。」 チョンと颯樹の額を小突く瞬。 バカ夫婦ぶりを、目の前で見せつけられた九条は、ブチっと何かが切れた。 その瞬間。 ドン 颯樹を抱えていた手を外し、颯樹は床に思い切り腰を打ち付けたのであった。 「いったぁ・・・。」 「颯樹!!・・・九条さん、いくら九条さんでも、遣って良い事悪い事がありますよ。」 「その前に、お前が俺にやった事は、なんなんだ!!!」 「常日頃の行いの悪さです。それよりも、颯樹に怪我をさせた奴は・・・殺す!!!」 瞬は再び、九条に向けて刀を構え直した。 九条はこれ以上は勘弁と、その場から庭先へと裸足のまま逃げ出した。 それを追いかけようとした瞬だったが。 「瞬さん!」 瞬の足に抱きついたのは、尻餅をついたままの颯樹だった。 浴衣からは、綺麗な足が見えて、どの隊士にとっても目の保養・・・違う、目の毒であった。 全員が颯樹の足に視線が集中してる事に気付くと、瞬は、ゆーっくりと階段の方を振り返った。 「何見てるんですか!!!」 「うわぁ!」 まるで蜘蛛の子を散らすかのように、全員が階段から走り去って行った。 ようやく周りに誰もいなくなったのを確認すると、瞬は颯樹の前に膝を折った。 「大丈夫?颯樹。」 「すみません・・・また。」 「ううん、僕の方こそごめんね。ちゃんと颯樹が外に出た事に気付かなくて。」 そう言うと瞬は颯樹の事を簡単に持ち上げた。 颯樹はギュッと瞬の首にしがみついた。 「瞬さん、大好きです。」 「うん、僕も大好きだよ。もう少し、一緒に眠ろうか。」 「はい。」 「うん。」 にっこりと優しい笑みを向ける瞬は、颯樹を抱えたまま自室へと戻って行った。 周りの目など気にしない、瞬。 ドスドスと平然と廊下を歩いて、先程までの争いがないかのように、ピシャリと襖を閉めて部屋に入ってしまった。 残されたものは、互いに視線を見合わせた。 あの騒動で、完全に目が覚めてしまった。 それだけでなく、最後には瞬の恐ろしい程の優しい顔つきを見てしまい。 砂を吐くほどに甘い告白をしあって。 それぞれお年頃の皆様には、かなりの刺激があったようで。 「もう寝れないよね、サガさん。」 「あ…ああ。っていうか、颯樹の奴は、なんで瞬なんか選んだんだ?」 「オレも疑問。ってか、この惨状・・・誰が直すの?」 あちらこちらに刀で作った傷。 破れた障子。 壊された花瓶。 まるで嵐でも巻き起こったかのような隊舎内だ。 大和はポンと大助と相模の肩に手を置いた。 「ま、今日の掃除当番が片付けるんだな。」 「それって・・・オレ達じゃないですか、大和大将。」 半泣き状態の大助に、まるで慰めるようにポンポンと肩を叩いて、大和は自室へと戻って行ってしまった。 当然、美濃も苦笑して「頑張ってくださいね」と優しい応援をくれただけで。 取り残されたのは、相模と大助の二人。 「サガさん。これ、朝飯までに片付ける自信ある?」 「あるわけねぇーだろ。」 互いに乾いた笑いを浮かべる相模と大助だった。 その頃・・・瞬と颯樹の部屋の中では。 互いに温もりを確かめ合うように、抱き合って布団の中に入っていた。 「颯樹、寒くない?」 「瞬さんがいるから、平気です。」 「そっか。ねぇ、颯樹。僕、そろそろ新しい家族がほしいなぁ。」 「え・・・。」 「頑張ってみようか!」 ルンルンと嬉しそうな、瞬に颯樹は一瞬にして顔が引きつった。 それもそのはずだ。 昨日、あれだけ疲れたと言っていたのに。 瞬に気絶するまで抱かれていたのだ。 これ以上は、身体が持たない。 颯樹は、苦笑しながら瞬の腕から逃れようとした。 「いや・・・その・・・えっと・・・。」 「九条さんと僕を間違えたお仕置きもしないとね。」 「え…だから、それは…。」 「もっと君に僕を刻み込まないと。寝ぼけてても、僕の匂いを間違わないようにね。」 とても楽しそうな瞬がいたと言う。 九条はどうしたかというと・・・。 せっかく夜の警護の仕事から戻ったと言うのに、裸足のままで逃げ出したため・・・ 「ハックション!…寒っ。」 道場で羽織にくるまりながら仮眠を取ったと言う。 なんともはた迷惑な、夫婦である。 |
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
掲載日 2011.04.18
再掲載 2012.02.02
イリュジオン
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