【 バ レ ン タ イ ン 企 画】 


「われんたいん?」
「フフフ、間違える姫君も可愛いけど。わ、じゃなくて、ヴァ。細かく言うと、カタカナ表記ね。」

颯 樹は初めて聞く単語に首を傾げた。
久しぶりに港に戻って来た海軍の大将 和 泉 彰(いずみあきら)は、帰港した途端に、皇帝への報告も後回しにして、颯 樹の元へと来ていた。
ちなみに、ここは雪 桜 隊の隊舎。
そして裏庭である。
嵐のような九 条からの仕事を任され、ほんの束の間の休憩時間。
縁側でお茶を飲んでいた所に、和 泉が塀を乗り越えて現れたのである。
隊舎の周りには、警備に配置している兵士が何人かいると言うのに・・・。
いともあっさりと看破してくるのが、この和 泉。
和 泉は、黒い物体を颯 樹の手の中に落とした。

「これは?」
「チョコレートって言う、お菓子だよ。食べてごらん、甘いから。」
「・・・なんか、すごい色だね。」

金平糖や有平糖、おも菓子や、おせんべいなど、それなりに色は綺麗である。
なんとなくあんこのような、丸い物体。
指で軽く押してみれば、それなりに固い。
颯 樹は、口の中へと入れた。
パク…と噛んだ瞬間に、中から柔らかい物が出て来た。
驚いて、颯 樹は和 泉の事を見た。

「ふふふ。美味しい?中に入ってるのは、クリーム。外国版のあんこみたいなものかな?どう、お味は。」

いつも食べているお菓子よりも、甘い。
でも、いやなしつこさじゃない。
こんな美味しい食べ物が、この世にあるんだ。
颯 樹は感心したように、味わって食べた。

「今回のね、皇帝への献上品だけど、内緒で颯 樹におすそわけ。」

パチンといたずらっ子のようにウィンクをする和 泉に、颯 樹は苦笑を浮かべた。
こうして和 泉は、何かある毎に、颯 樹にお土産を持って来てくれる。
懐紙に包まれた【ちょこれーと】と言うお菓子は、あと2つ残っていた。
すると、和 泉はそれを指差してニッコリと笑みを浮かべた。

「それでさっきの、バレンタインってのが関係してくるんだよ、姫君。」
「これと?」
「そう。勇気のない可愛い姫君達が、こぞって好いてる男にこの甘いお菓子を渡して、それと同時に甘い告白をするって風習があるらしい。」
「告白!?」
「国によっては、男から姫君にって花を渡す所もあるみたいだけどね。んで、俺は、中間をとって、俺から姫君にお菓子で告白しようと、参上したと言うわけさ。」

まるで歌を歌うように、軽やかに出て来る口説き文句の数々。
颯 樹もかなり和 泉の軽口には慣れているとは言え、なんとも言えないテノールの声は耳に心地よく感じてしまう。

「姫君、俺の心を受け取ってくれるかい?」

ジッと颯 樹を見つめる情熱を秘めた目。
まるで催眠術にでもかかったかのように、颯 樹は動く事が出来なくなってしまった。
答える事も出来ず、ただジッと和 泉の事を見つめた。

「沈黙は肯定とみなすぜ?姫君。」

和 泉の手が、颯 樹の顎を軽くあげて、少しづつ顔が近づいた途端。
颯 樹の後ろから、勢い良く刀が飛んで来た。
咄嗟に和 泉はその刀を避けた。
勢いのついた刀は、見事に裏庭に生えていた樹木に突き刺さっていた。
・・・と言うか、少し亀裂が入っている。
相当の力が込められていたと言うのが、分かる。
和 泉は投げた相手を睨み付けた。

「ここの部隊は、随分と挨拶が過激だね。」
「ああ、練習したら手が滑っちゃいました。颯 樹ちゃん、怪我ないよね?」

颯 樹の後ろから姿を現したのは、弐番隊隊長の甲 賀 瞬。
ニコニコと人の良さそうな笑みを称えて、近づいて来た。

「手が滑ったねぇ。」

和 泉は、木から刀を抜くと甲 賀へとその刀を投げた。

「どーも。」

カチャリと上手く手に取ると、そのまま鞘へと収めた。
甲 賀は、そのまま颯 樹の背中に抱きつくように体重を乗せて肩に顎を乗せた。

「甲 賀さん、重い。」
「ねぇ、その泥団子…何?」

泥団子・・・見えなくもない。
颯 樹は、甲 賀の子供のような発想に思わず吹き出してしまった。
そんな颯 樹を不服そうな顔で文句を言おうと甲 賀が口を開けた瞬間。

ポイ。

颯 樹は、甲 賀の口の中にチョコレートを入れた。
その行動に、和 泉は驚いて目を見開いた。
どう見ても仲間の域を超えてるようにしか見えない。
なんだろうか、この光景。
和 泉は頭痛を覚えながら、あまり颯 樹と甲 賀を視界に入れないように質問した。

「姫君、ちょっと警戒なさ過ぎじゃないのかい?」
「へ?」

そう言われて、颯 樹は甲 賀の事を見つめた。
今更警戒・・・。
甲 賀はニヤリと口もとを上げた。

「そう言えば、和 泉さんずっと都を離れていたから知らないんでしたっけ。」
「あんまり聞きたくない内容みたいだね。」
「そんな事言わずに聞いてくださいよ。僕と颯 樹の恋人になったなり染めを。」
「なるほど。」

和 泉は、ニヤリと口もとをあげると颯 樹の事をジッと見つめた。
とうとう成就してしまったのか。
いつかは気付いてしまうだろうと思っていた恋心。
颯 樹の幸せを願うなら、男として身を引くのが定説なんだろうが。
生憎、目の前の男は定説から逸脱してる。
こちらが定説を守る必要もない。

「だから、気軽に手を出さないでくださいね、和 泉さん♪」
「おっと、海賊は奪うのが専門なんでね。姫君、俺に心を盗られないように気を付けな。本気になった俺は、凄いよ?」
「そんな事言っていいんだ。」

何か意味ありげに笑みを浮かべる甲 賀に、和 泉は身構えた。
攻撃してくるか。
それとも、何か罠でも?
そう思った瞬間だった。

梅 観 隊(ばいかんたい)のみなさーん、お探しの大将はここで女口説いてますよー。雪 桜 隊の裏庭でーす。みなさーん、こっちですよーぉ。
いっ!?

和 泉が顔を引きつらせると、怒濤の如く部下達が走り寄ってくるではないか。
しかも、顔を赤くして、相当怒っている。
それもそうだ。
皇帝への報告が出来ずに、冷や汗をかいていた部下達なのだ。
必死になるのも当然だろう。
一番がたいのいい、男が、先頭で和 泉に突っ込んで来た。

大将!!!!!!
「うわっ…と。これは逃げる勝ちだね。姫君!」

呼ばれて颯 樹は、顔を上げた。
パチンと定番のウィンクをすると和 泉は塀の上へと飛び上がった。

「これはお祝い。」

そう言って投げて来た小さな箱。
颯 樹よりも先に、甲 賀の手がキャッチした。

「じゃ、またね!」
大将!マジで切れました!!!!待ってください!!!!
「待てと言われて待つバカは、いないっての。じゃーな。」

和 泉は来た時と同様にスラリと、塀を跳び越えて姿を消してしまった。
残された部隊の人達は、丁寧に挨拶をしてから隊舎を出て、和 泉を追いかけ始めた。
騒ぎがだんだん小さくなって、甲 賀と颯 樹はあっけにとられて、お互いの顔を見合わせた。

「この国の大将って、どこも似たようなもんだよね。」
「そうですね。」

クスクスと、笑い会う甲 賀と颯 樹の二人。
甲 賀は手にしていた箱を開けた。
中に入っていたのは、銀製のリングが二つ。
大きいのと小さいの。
二つとも雪 桜 隊の隊章がモチーフになっているリング。
甲 賀は、小さい方のリングを取り上げた。
中を覗くと、丁寧に「颯 樹」の文字が。
そしてもう一つのリングの裏側には「瞬」と書かれていた。
甲 賀は、大きなリングを颯 樹へと渡した。

「え?これ、甲 賀さんのですよ?」
「うん。だから、颯 樹ちゃんが持ってて。僕は、颯 樹ちゃんのを持ってるから。」

そう言うと、甲 賀はリングを左手の小指へとはめた。

「これで、僕は颯 樹ちゃんの者。」

子供のように嬉しそうに、手を颯 樹の前でヒラヒラとさせた。
無邪気な笑顔が、自然と颯 樹の顔にも微笑みをもたらしていく。
颯 樹のは大きすぎて、どの指も落ちてしまう。
唯一落ちないのは、左手の親指だけだった。

「へぇ、颯 樹ちゃんの親指って僕の中指と同じ太さなんだね。」
「そうみたいですね。」
「でも!」

甲 賀は颯 樹の指輪がはまっている手を取った。
まるで近いのキスのように、その指輪に口付けを落とした。

「ちゃんと、颯 樹ちゃんを守ってね…ねぇ、颯 樹ちゃんもやってよ。僕のに。」
「え・・・あ、はい。」

颯 樹は真っ赤になりながらも、甲 賀の指輪にゆっくりと口を近づけた。
チュっと口付けを落とすと、そのまま額へとくっつけた。

「甲 賀さんを守れますように。」

甲 賀は嬉しそうに、頬を軽く染めて颯 樹の事を見ていた。
颯 樹も気恥ずかしそうに、甲 賀の事を見て微笑んだ。
どこから見ても、新婚のような雰囲気。
二人だけの世界を醸し出している。
こんな状態で、誰が声を掛けられるだろうか。
後ろで、荷物を抱えた九 条の眉間に、いくつもの皺が重なっていく。
通ろうにも通れない。
だが、この廊下を通らないと書庫には行けない。
それは他の部下も同じ事で。
全員が顔を真っ赤にして二人の事を影ながら見つめていた。

「てめぇら・・・
ここがどこだか、わかってんだろうなぁ!!!
「あれー九 条さんじゃないですか?男の嫉妬は醜いですよ、九 条さん。」
どぅ〜わ〜れ〜がぁ〜、嫉妬だぁぁぁぁ!!!!!!公共の面前で、二人の世界作ってんじゃねぇ!!そんなの部屋でやりやがれ!部屋で!

九 条の雷。
だが、そんな事でへこたれるような甲 賀ではない。
やったと指を鳴らして、颯 樹をフワリと横抱きにした。

「なっ!」

突然の浮遊感に、颯 樹は甲 賀の首をぎゅっとしがみついた。
その仕草が、また可愛くて、甲 賀の顔はデレーっと閉まりのない顔つきになった。
九 条はさらに怒りのボルテージが上がっていった。

てめぇは、俺の言う意味がわからねぇのか!瞬!!!!
「いや〜九 条さんから許可貰ったから、ゆっくりと颯 樹ちゃんと部屋でいちゃつかせてもらいますね♪」
誰が許可した!!!誰が!!!!それに颯 樹は、まだ俺の仕事が残って!

ハッと気がついた時には、すでに甲 賀と颯 樹は目の前にはいなかった。
廊下を走って、逃げいく後ろ姿だった。

瞬!!!颯 樹!!!!戻ってきやがれ!!!
「嫌ですよ!部屋でやれって許可したの、副将じゃないですか!!」
そう言う意味じゃねぇ!!!!

九 条は手に持っていた書籍を、そのまま廊下に投げ捨てると、甲 賀達の事を追いかけ始めた。
色々な所で、怒鳴り声と呼び声とが交互に木霊する。


この声が続く限りは、この国は平和なのかもしれない。



瞬!!!
和 泉大将!!!!
「「
待ちやがれぇ!!!!」」




いつまでも怒声は鳴り響いていた。













 

後書き 〜 言い訳 〜
 
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。


文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

掲載日  2011.02.08
再掲載 2012.02.02
イリュジオン


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