【 雪 桜 隊 の 日 常 】 



「瞬、颯 樹の奴を見なかったか?」
「・・・。」

ジィー・・・と目を細めて目の前の九 条を見つめる甲 賀。
その視線に、さすがの九 条もたじろいだ。

「な、なんだよ。」
「前から思ってたんですけど、なんで僕が「ちゃん」付けなのに、九 条さんは勝手に呼び捨てにしてるんですか?」
「はぁ?」

本当に今更な質問である。
だが、甲 賀にとっては前々から気にくわなかった事。
しかも先程、颯 樹と些細な事で痴話げんかをしてきたから、余計に腹が立つ。
とどのつまり、八つ当たり者が決定された瞬間だった。

「仕事の時は、ちゃんと「伊 勢」って呼んでるだろうが。今は仕事じゃねぇから、いつも通りに呼んだだけじゃねぇか。」
「僕は両方共「ちゃん」付けなんですよ?
颯 樹ちゃんの想い人なのに、颯 樹ちゃんの想い人でもなんでもない単なる部外者が、呼び捨てって言うのは、どうなんでしょうね?」
「・・・。」

あまりのつっかかりよう。
九 条は大体の事情を察したのか、深いため息を着いた。

「今度は、何で揉めた?」
「なんですか、それ。僕と颯 樹ちゃんを喧嘩させて、横から奪う気ですか?そんな事したら、即刻殺しますよ?颯 樹ちゃんの事。」
「・・・てめぇは、人が親切に聞いてやってるってぇのに・・・は?」

いやいや、その前に殺すのは、颯 樹なのか?
九 条は聞き流しそうになった言葉を、頭の中でもう一度並べてみた。
その瞬間に、甲 賀の執着心を思い出し、身震いした。

「お前って、ストーカーになりやすいタイプだな。」
「意味わからないんですけど。」
「いや、あんまり颯 樹を干渉ばっかりしてると、颯 樹に逃げられるぞ。」
「僕から逃げれると思ってます?」

ニヤりと残忍な笑みを浮かべる。
些細な事では、よく喧嘩をしてる二人。
その大半が、甲 賀の執着心や嫉妬心、独占欲から来るもので。
聞いてる方からすれば、単なるノロケ話しにしか聞こえない。
それでも、喧嘩をすれば、その怒りの矛先は悉く部下へと向けられる。
八つ当たりの何者でもないのだが、これがまた甲 賀からすれば無意識でやっている事だから、始末に負えない。

「ともく、伊 勢を呼んでこい。」
「嫌です。」

キッパリとハッキリと告げる甲 賀には、申し分けなさなど微塵もなかった。
さすがの九 条も、顔がひきつった。
どこまで人をバカにしているのだろうか、この男。

副将命令だ。今すぐに、連れて来い。」
「職権乱用ですか?なら、こっちも
隊長特別権限で拒否します。」

睨み合う事、数刻。
そこに洗濯物を抱えた、颯 樹が通りかかった。
何を二人で睨みあっているのか。
まさか、にらめっこか?
不信に思いながら、颯 樹は二人に近づいた。

「何やってるんですか、お二方とも。」

颯 樹の声で、二人は弾かれたように颯 樹の方へと視線を向けた。
颯 樹の手には多くの洗濯物。
甲 賀はすぐに颯 樹の手から洗濯物を奪い盗った。

「だから、君がやるような仕事じゃないって・・・どうして分かってくれないのかな?」
「いや、洗濯ぐらい別に。」
「部下の仕事を取り上げたらダメだってば。」
「男の人に、自分の物を洗ってもらうなんて、嫌だって言ってるじゃないですか。」
「だから、颯 樹ちゃんのは僕がちゃんと洗ってあげるって言ってるのに。」
「甲 賀さんだって、男でしょうが。」
「僕は君の恋人でしょ?別に構わないじゃないか。」

ギャアギャア・・・。
九 条の前で颯 樹と甲 賀の喧嘩が始まる。
九 条はあまりの低俗の争いに、頭痛を感じた。
自然と額に手を持っていく。
とどのつまりの原因は、その洗濯にあるわけか。
九 条は、チラリと甲 賀の持ってる洗濯に視線を落とした。
たしかに、颯 樹一人では多い量かもしれない。
男に女の下着を洗わせる抵抗感も、常識的によ〜くわかる。
よく分からないのは、常識から逸脱している、この甲 賀の考えだ。
恋人だから、と理由。
恋人だからこそ・・・だと思うのだが。
どうやら、甲 賀の考えとは違うらしい。

うるせぇ!!!!!!

九 条の怒鳴り声で、二人の言い争いは止まった。
それ以上に、颯 樹がびくっと身体を震わせた。
別に颯 樹を怖がらせる為に怒鳴ったわけではないのだが。
というか、全ての現況はコイツじゃねぇか。
そう思いながら、九 条は甲 賀の事を見た。
無論、九 条の怒鳴り声は屋敷内全てに行き渡る程で・・・。
みんなが何事かと、九 条のいる場所に顔を出して来た。

「何かあったのかぃ?オミ。」

さすがの大 和も、この騒ぎで部屋から出てきたようだ。
ゆっくり近づけば、颯 樹と甲 賀の姿。
この三人が一緒に居ることは、最近よくみかけるのだが・・・。

「大 和さん、すまねぇ。仕事の邪魔しちまったか?」
「いや、一服入れようと思っていた所だが・・・三人してどうしてぇ?」

一番最初に口火を切ったのは、口が達者な甲 賀だった。

「聞いてくださいよ、大 和さん。颯 樹ちゃんてば、部下の仕事を取るんですよ。」
「伊 勢が?」

意外と言うように颯 樹の事を見れば、今度は颯 樹が反論した。

「私は、ただ洗濯をしただけなのに、甲 賀隊長が取り上げるんです。部下の仕事を取ってるのは、甲 賀隊長の方です。」
「だから、この仕事自体が君の仕事じゃないって言ってるでしょ?」
「だから、女性の物を男の人に洗ってもらって平気な程、無感傷じゃないって言ってるじゃないですか!」
「・・・すまねぇ、大 和さん。くだらない理由で。」

話しを聞いた大 和が、九 条に視線を戻せば、九 条も申し分けなさそうに頭を下げた。
別に九 条が謝るような内容ではないのだが・・・。
大 和はふと颯 樹の指が赤くなっているのを見つける。
それを見て、まだ颯 樹と言い争いをしている甲 賀を見て、微笑んだ。
なんと初々しい事だろか。
甲 賀が他人を思いやるなんて、天地がひっくり返っても起こらないと、自分でも思っていたのだが・・・。
今まで思いやる事をしてなかったが故。
女を知らないが故。
甲 賀は、自分の思いやりをどうやって表現していいかわからないのだろう。
全てが読めた大 和は、突然かみ殺したように笑い出した。
そんな大 和を見て、甲 賀は自分の考えが読まれたと理解して、大 和さんへ視線を送った。
少しだけ、むくれたような表情。
大 和は、颯 樹を手招きして自分の元へと呼び寄せた。

「なんでしょう?」

ひょいと手をとると、九 条と甲 賀に見えるように、その赤ぎれになった手を見せた。
その酷さに、九 条は目を細めた。

「颯 樹・・・。こんなんじゃ痛ぇだろうに。」
「こんなの平気です。」
「刀を持つ者にとって、指先は一番負担がかかる。いざと言う時に、この傷が致命傷に繋がる事だってありうるだろうなぁ。」

大 和の何かを諭すような言葉。
一瞬の痛みが、一瞬の隙に繋がる。
それは死を意味する。
甲 賀はそれを心配していたのだろう。
な?と同意を得るように大 和は甲 賀の事を見た。
甲 賀は少し顔を赤くして、顔を背けた。
子供が拗ねたような行動に、大 和は再び嬉しそうな笑みを浮かべた。

「紀 伊に言って、あかぎれの薬を処方してもらうこったな。」
「・・・了解です。」
「それから、洗濯は専門の人にやってもらえば、問題はあるめぇ?」
「「「専門の人?」」」

三人が不思議そうに、声が合わさった。
本当に息の合った三人である。
大 和は、物陰から見つめていた相 模と甲 斐を見つけると、それはそれは極上の笑みで手招きした。

「相 模君、呼んでるよ。」
「大 助の事だろ。」

お互いに行けと肘で突き合う。
だが足は一歩も出ない。

「相 模、甲 斐。」

とうとう大 和からのご指名が来てしまった。
二人は、ブツブツと文句言いながら、大 和の前に進み出た。

「瞬、それを二人に渡してねぇ。」
「「やっぱし・・・。」」

相 模と甲 斐の目から、諦めにも似た涙。
だが、それを慌てて止めたのは颯 樹自身だった。

「いや、それじゃ問題の解決に!!」

だが手を握っている大 和に、抵抗する事が出来ない。
大 和は颯 樹の手をさらに強く握り込んだ。

「二人とも、それを給仕の所に持って行って、頼んでくれ。」
「「給仕のおばちゃんに?」」
「ああ。この間から、その件でお願いに上がっていた所だ。給金は、言われた通りの額で承知したと伝えておいてくれぃ。」
「「へーい。」」

二人は洗濯を持って、給仕のおばちゃんの所へと消えて行った。
一瞬で片がついた。
三人は呆然と大 和の事を見た。
大 和は、気がぬけている颯 樹の事をニヤリと見ると、手首をもちあげて、横抱きにした。

「きゃ!」
「ちょ、ちょっと!大 和さん!僕の颯 樹ちゃんに何するんですか!?」
「何って、逃避行だな。」

そう言うが早いが、大 和は走りだした。
予想外の行動に、九 条と甲 賀はその場に凍り付いてしまった。
だが、それも作戦の内だったのか、大 和は楽しそうに、大きく笑った。

あははは、まだまだだな、おめぇらは!!

そう言いながらも、颯 樹を抱えて走る大 和。
やっとの事で我に返った九 条と甲 賀は、大 和の後を追いかけた。

「なんで、九 条さんまで追いかけるんですか!」
「だから、俺は元々颯 樹に用事があるって言ってんだろうが!!」
「あー!また呼び捨てにした。本当に、わからない人ですね、あんたって人は!」

そんな言い争いとしながらも、屋敷内を走り回る三人。
そんな子供のような争いを遠くからお茶を飲んで眺めているのは美 濃。

「平和になったもんですねぇ。」
「・・・そう言える美 濃さんが、大物なだけだと思います。」

密偵の報告に来ていた阿 波も、呆れたように三人を眺めた。
アレが雪 桜 隊のトップスリーと言うのだから、勘弁して欲しい。
美 濃は、阿 波が持参してきたお菓子を口へと持って行った。

「そうだ、阿 波君。紀 伊君に言って、伊 勢君の薬の手配、先にしてあげておいて下さい。あの分じゃ、薬の事は、しばらく思い出さないでしょうから。」
「御意。」

阿 波は静かにその場を辞した。
まだ騒がしい三人に、上官の隊士達もほほえましく見つめている。
そんな三人を見て、美 濃はクスリと笑みを浮かべた。
本当に平和になったものだ。
そう言って見るのは、颯 樹の姿。
あんな風に笑うようになるとは、思ってもみなかった。
いつも何かに耐えているような表情ばかりだったと言うのに。

「春もあと少しですかね。」

ふと見つめる桃の花。
これが咲き終われば、桜の季節。
そうなれば、この隊から祝い事が一つ起こる。
大 和から託された秘密の命令を実行すべく、美 濃は障子を閉めた。








 

後書き 〜 言い訳 〜
 
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。


文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

掲載日  2011.02.08
再掲載 2013/02/02
イリュジオン


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