【 眠 れ な い 夜 】 



一番大切なんだ。だから、僕の側を離れないでよ。


はぁ。
ぼんやりと薄暗い天井を見つめた。
今でも残っている甲 賀さんが抱きしめて来た、腕の感覚。
囁くように呟いた、甘い言葉。
何もかもが、現実のなのに、まるで夢の中にいるようで。
フワフワしたその感覚に、すっかり目は冷めていた。

「はぁ。」

何度目かのため息を零して、身体を起こし上げた。
近くあった羽織を肩からかけた。
多分、今頃起きてる人なんていないだろう。
夜の警護の人間と、おそらくは九 条さん辺りが残業してるくらい。
このまま目が冴えて、布団の中にいるのも億劫になってきた。
それでもなるべく音はたてないように・・・と障子を開いたその目の前には、信じられない人が背を向けて座っていた。

「甲 賀さん!?」
「やぁ、颯 樹ちゃん。」

いつも見る、意地悪な笑みでない。
穏やかで、優しい微笑み。
月明かりに照らされた甲 賀さんは、恐ろしい程に美しく見えた。
それにしても、なんで私の部屋の前に・・・。
よく見れば、甲 賀さんは刀を抱きしめるように座っていた。
私は肩にかけてあった羽織を、単衣姿の甲 賀さんの肩にかけた。

「人の部屋の前で、何してくれてんですか。」
「えへへへ。颯 樹ちゃんの匂いがする。」

子供のような無邪気な笑み。
羽織をかけてわかった。
身体の冷たさ。
どれくらいいたんだろうか。
しかも気配まで消して。

「気配消して、何してたんですか?」
「うーん…警護?」

コトンと首を傾げる甲 賀さんは、あまりにも子供っぽくて、思わず吹き出してしまった。
そんな私を目を細めながら見つめる甲 賀さん。
いつもなら、この辺りで意地悪の一つや二つは来るのだが・・・注がれるのは、優しい視線だけで。
その視線だけで、みるみると自分の顔が赤くなっていくのがわかる。
それに気付いた甲 賀さんが、トントンと自分の横を叩いた。

「眠れないんでしょ?僕も同じ。」

甲 賀さんから人一人分の空間を空けて、ゆっくりと腰を降ろすと、甲 賀さんはキョトンとした目でその空間を見つめた。
その直後、クックック…といつものような笑い声が聞こえて来た。
私は恥ずかしさで、顔も上げられないって言うのに。

「随分と警戒されちゃったもんだね、僕も。うん、でもその方がいいのかもしれないね。」

ニコッと笑う甲 賀さん。
別に警戒とかじゃなくて、普通に恥ずかしいだけで。
ほんの数刻前に『甲 賀さんが、好きです』と告白した自分。
まさか眠れなかった本当の理由が、淋しく感じたから・・・なんて口が裂けても言えない。

「ねぇ。」

甲 賀さんに呼ばれて、顔を向けた。
甲 賀さんは羽織を広げて、おいでおいでと手招きしていた。



それは・・・






えっと・・・





密着しますよね?




どうしたものか、固まってしまった思考回路。
それに呆れたのか、甲 賀さんの盛大なため息が聞こえた。

「本当に手のかかる。」

言われた瞬間。
ふわりと、甲 賀さんの匂いと暖かさ。
壊れ物を扱うかのような、フワリと優しく包み込んだ甲 賀さん。
無論、目の前には甲 賀さんの顔がアップであった。
ニッコリと笑みを浮かべる甲 賀さんは、終始嬉しそうだった。

「おかしいよね。」
「何がですか。」
「だってさ、こんな暗い夜に任務でさんざんこれくらいの距離に居たことだってあるのにさ。今は、心臓が張り裂けそうなくらい、ドキドキしてるんだよ。」

そう言って、私の手を取ると、甲 賀さんは自分の胸に手を当てた。
甲 賀さんの言う通り、心臓はこれ以上ないほどの早さで鼓動を叩いていた。
でも・・・それは自分も同じ。

「ねぇ、颯 樹ちゃん。僕の事、好き?」
「え・・・」
「好き?」

真剣な顔つきで、じっと見つめてくる甲 賀さん。
まるで呪縛にでもかかったかのように、甲 賀さんの綺麗な目に吸い込まれそうになる。
私が少しだけ口もとを開いた瞬間に、生温かい何かが唇の上に重なった。

「!!」

目の前に甲 賀さん。
私・・・今・・・
自分が口付けされている事にようやく気付いた所で、甲 賀さんがゆっくりと離れて行った。
そして、ギュっと抱きしめてくれた。

「颯 樹。」
「は、は、は、は、は、は、はいっっっっ!?」

いつもと違い、名前を呼び捨てにされた事に動揺して、裏声での返事になってしまった。
もうそれはおかしいと言うばかりに、甲 賀さんが笑いをかみ殺してるのがわかる。
これだけ身体が密接していれば、余計に。

「クックック…本当に、君って面白い子だね。」
「甲 賀さんに言われたくありません。」
「それ、やめない?」

意味が分からなくて、私は顔を上げて甲 賀さんの事を見た。
何をやめるのだろうか?

「口調。」

口調?
そう言われて、敬語まじりの言葉使いを指摘されているのかと思った。
いやいや、仮にも隊長だし。
しかも年上だし。
それは無理な相談だ。

「無理です。」
「即答するんだ。ま、期待はしてなかったけど。」

そう言うわりには、甲 賀さんがションボリしてるように見える。
そんな表情を見てて、自然と私の手は甲 賀さんの頭を撫でていた。

「あ!私、何して!」

慌てて手を引こうとしたら、甲 賀さんに手首を捕まれた。
強い力ではないけど、動かす事は出来ない。
甲 賀さんはそのまま、元の頭の上に私の手を置いた。

「すごく気持ちいいね、君の手。もっと撫でて。」
「でも・・・失礼じゃ。」
「君だけの特権。」

私だけの特権。
それが先程、気持ちを通じあえた事を、現実だと教えてくれる。
嬉しくて、ついつい微笑んでしまった。
目を丸くして見ていた甲 賀さんは、よけに強く私を抱きしめて来た。

「もう、ダメ!!!かわいすぎ!!!」
「へ?は!?」
「いい?他の人の前では、絶対にそんな表情見せたらダメだからね。」

そんな表情と言われても・・・。
今の表情がどんなのかわからない。
返答に困っていると、クイと鼻をつままれた。

「だから、かわいい顔見せたらダメ。いつもみたいに、ここにこーやって。」

そう言うと甲 賀さんは自分に眉間に皺をよせた。

「警戒してますって顔しててよ。」
「私、いつもそんな顔してますか。」
「うん。任務前はいつもそんな感じかな。」

知らなかった。
なるべく気負わないようにしていたのに・・・。
ガックリと肩を落とすと、甲 賀さんは私の事を覗き込んで来た。

「あれ?もしかして気付いてなかったの?」
「・・・はい。」
「そうなんだー。みんな、結構怖がってたんだけどね。そんな時の君って。」

え。
だから、話しかけてきてくれなかったんだ。
相模さんとか、無言で肩にポンと手を置いてくれたり。
えっと、そんなにすぐに刀抜きそうな顔してたのかな?
これは反省しないと。

「それとさ、その『甲 賀さん』ってのも、やめようよ。瞬でいいよ。言ってよ、言わない気?言わないなら、それでも構わないけど、覚悟出来てる?」

「しゅ」


「しゅ」



「しゅ」


「しゅ・・・瞬・・・さん。」

言えない。
いきなり「瞬」なんて呼び捨てに出来ない。
今までが今までだし・・・思い出しても、意地悪された記憶しかない。
自己防衛本能と言う、無意識が働いてしまって・・・。
無理無理。
もう、耳まで顔が赤いのがわかる。

「よく、言えました。フフフ…耳まで、真っ赤だね。」
「誰のせいですか、誰の。」
「僕。」

ニッコリとした笑みで、きっぱり言う。
ぱく。

「!?」

い、い、い、い、い、い、い、今。
み、耳を噛まれた。
咄嗟に耳を押さえて、甲 賀さんの事を見つめた。
文字通り、顔は真っ赤だ。
だが、それ以前に・・・。

「何、その顔。」
「耳を食いちぎられるのかと思いました。」

素直に思った事を口にした瞬間。
甲 賀さんは、もうたまらない!と堪えていたらしい笑いを吹き出した。
いつまでも、笑ってる甲 賀さんに、だんだんと腹が立ってきて、顔をそむけた。
今までの愚行を考えれば、食いちぎられると思うのも無理ない。
未だに子供のように無邪気な笑みを見せる甲 賀さんを見てて、何となく毒抜きされたかのように、自分の表情も柔らかくなっている。
何故だか許せてしまう自分がいるのには、驚きだ。
不思議に思って、私は甲 賀さんの顔を見つめた。

「何?」
「いや・・・なんか、夢みたいだなって。」
「僕とこうなった事?」

黙って頷いた。
だが、甲 賀さんはうーんと唸って、空を見上げた。

「僕は、遅かれ早かれこうなると思っていたよ。」
「はい!?」

なんと言う、発言。
ある意味、甲 賀さんでないと言えない言葉とも思えるが・・・。
ニッコリとそれは優しい笑み。
フワリと風が甲 賀さんの降ろした髪を悪戯していく。

「前に言った事、覚えてるかな?」

前?
颯 樹は首を傾げた。

「男女間なんて、ちょっとした歯車のかみ合わせで、どう転ぶかなんて分からない。だから、歯車が合えば、僕と君が愛し合う事だってあり得るって話し。」

ああ、随分前にそんな話しをしたのを覚えている。
あの時は、即答で「絶対にない」と拒絶的な姿勢を見せたものだ。

「だから、君の中…僕だけにするように、君の歯車を修正するのに頑張ったんだよ?」
「は?」

自分の歯車ではなく、人の歯車を修正すると言うあたりが、甲 賀さんらしいと言うか、なんと言うか。
颯 樹は無言になるしかなかった。
甲 賀さんは、何かを懐かしむように目を細めて遠くを見つめていた。

「僕は、随分前から君の事が好きだったからね。多分、君が僕を意識する前からね。」

ほんのりと頬を赤くそめて、照れたような笑みを浮かべる甲 賀さん。
ハッキリ言って・・・颯 樹は気付いてなかった。
むしろ、意地悪で、非常識な、単なるドS男としか見てなかった・・・。
その軽口の多さで、真実が見えなかったくらいだし。

「誰にも渡したくなかったから、何度か私闘もしちゃったしね♪」

それって。
何度か道場でみかけた・・・。
仲間なのに、これ以上する必要がないくらい・・・それこそ殺す一歩手前まで、やりあっていた。
どんなに止めても、無駄だった。
その後の甲 賀さんは、誰も近づけないほどの殺気に満ちていた。
私は、何度その背中を見つめていただろうか。

「本当に、君って競争率が高いんだよ。内部だけならまだしも、外部にまでその人気があるのには、恐れ入ったよ。」
「へ?」
「いいの、君は気付かなくて。君は僕の気持ちだけを受け入れてればいいの。」

意味がわからない。
甲 賀さんが女性から絶大な人気を誇ってるのは知ってるが・・・
私は生まれてこの方、告白なんてされた事がない。
一度はされてみたいなぁって夢みた事もあったけど・・・
その一度が、甲 賀さんだった。

「私、告白されたのって甲 賀さんが生まれて初めてなんですよね。」
「うん、知ってる。満君から、聞いた。彼も随分と頑張っていたみたいだけどね。」

満が?
唐突に満の名前を出されて、驚いた。
犬猿の仲だと思っていたのに。
会えば、必ずと言っていいほどに嫌味の応酬。
その間に入る私には、良い迷惑でしかなかったのだが・・・。

「でも、甲 賀さんは告白は初めてじゃないでしょう?」
「された事がってこと?それとも言った事がってこと?」
「両方。」
「うーん、された数は覚えてないなぁ。」

やっぱりね。
そうだよね、これだけの美人。
背も高くて、剣も強くて、頭が良くて、顔が綺麗で・・・。
女の人が放っておくはずがないよね。
ガックリと肩を落としていると、甲 賀さんが突然に耳元で囁いた。

「言ったのは、君が最初で最後。」

最初で最後。
その言葉に、ポカンと口を開けてしまった。
愛おしそうに、甲 賀さんの手が私の頬をなでる。
その仕草が、とても絵になってて。
私は見とれてしまった。

「身体、冷えちゃうから、そろそろ中に入った方が良いよ。」

・・・。
それは嫌だった。
確かに肌寒い。
でも、甲 賀さんと離れるのは、嫌だった。
出来れば、ずっとこうしていたい。
それは我が儘な事だってわかってるんだけど。
だが、甲 賀さんは全てを察したかのように、突然に私を横抱きにして持ち上げた。
足で器用に刀を手元まで飛び上げた。
私はとっさにその刀を握ってしまった。

「さっすが、颯 樹ちゃん♪ナイスキャッチ。それじゃ、行こうか。」
「え!」
「し!みんなが起きちゃうから、静かにね。」

そう言いながら、甲 賀さんは私の部屋へと入ってきた。
器用に足で障子を閉めると、そっと布団の上に甲 賀さんは座りこんだ。
もちろん私を抱え込んだまま。

「僕も、離れたくない。」

僕も?もって言った?

「甲 賀さんもですか?」

私が聞くと、甲 賀さんはクスクスと笑った。
「そう、僕も。」と言ってはいるが、嬉しそうに笑っている。
そう言いながらも、私の手の中にある刀を、手に取ると脇へと置いた。
しばらく考えて、自分の発言に顔がまたもや赤くなった。
甲 賀さんもですか・・・なんて言葉。
離れたくないって言ったも同然じゃない。
恥ずかしくて、甲 賀さんの胸に顔を隠した。
すると、それを見計らったように、甲 賀さんの抱きしめてくる手が少しだけきつくなった。
さらに密着する。

「僕達の仕事は、いつ死んでもおかしくないから。こうしていられる時間を大切にしよ?」

たしかに。
暗殺部隊に身を置いている私達。
いつ返り討ちに合ってもおかしくない。
いざと言う時は相手を置いて、目的を果たさないといけない。
互いの足かせにだけは、なってはいけないんだ。
九 条さんが、言っていた「恋愛御法度」の意味が、ようやくわかった。
今の私に甲 賀さんを、見放していけるかと言われれば・・・出来ない。
甲 賀さんを暗殺しろと命令が出た時、私には、殺す事なんて出来ない。
これでは、力が発揮できない。
九 条さんの言った通りだった。

「僕も君も、これだけは約束しよう。」
「約束?」
「そう、約束。」

そう言って、甲 賀さんは小指を出してきた。
私も自然と甲 賀さんの小指に自分の小指を絡めた。

「どんな事があっても、生きる事を諦めない事。」
「!!」
「これからは、二人で考えていこうね。」

きっと私が九 条さんから言われていた通り、甲 賀さんも九 条さんに言われていたに違いない。
だから、言うんだ。
私は俯いた。
だが、甲 賀さんはニヤリといつも好戦的な笑みを浮かべた。

「まずは、
打倒、九 条だね。」
「え・・・?」
「だって、アイツに認めさせてしまえば、後は楽だし。大 和さんは、応援してくれてるから、もう安心だし。」

へ?大 和さんが?
私が目をパチパチさせていると、甲 賀さんはいたずらっ子のように、片目を閉じた。

「僕と君が相思相愛だって言ったら、喜んでいたよ。」
「はい!?いつですか!いつ!!!」
「うーん半年くらい前かな?」

そ・・・そんな前って。
全てが甲 賀さんの罠に嵌ったような感じだ。
そう考えてみれば、大 和さんからわけの分からない応援をされた覚えがある。
そう言う意味だったのか。

「で、これからどうする?」
「え?」
「このまま寝てもいいんだけど?」
「ねねねねねね寝る!?」

あははは・・・と甲 賀さんの余裕の笑い声。
私を抱きしめたまま、コロンと布団に横になった。
上から掛け物を肩口までかけてくれた。

「大丈夫。僕、獣と違うから。すぐに襲ったりしないから、安心して。」
「で、でも・・・近くに人がいると、寝れないです。」
「うん、僕も。だから、寝なくても、話さなくてもいいから、こうしてお互いの温もりを確かめあっていない?」

私は黙って頷いた。
この体温が心地よいって思う。
私は安心したように肩から力を抜いた。

「あーやっと力が抜けたね。」
「すみません・・・。」
「警戒しなさすぎも、困るけど。されすぎも悲しいからさ。」

甲 賀さんの言葉に、私はゆっくりと目を閉じた。
規則正しい甲 賀さんの鼓動が聞こえる。
それが心地よい。
まるで、子守歌のように・・・気付けば私は眠ってしまっていた。


「あーあ、本当に寝てるし。これって、僕的には蛇の生殺しなんだよね。」

でも幸せそうに眠る颯 樹の顔を見れば、妙な邪心も薄れていく。
きっと、これからはこの子の為に剣を振るう事が多くなるかもしれない。
この子はそれを望まないだろうけど。
でも、この子の命は、僕の命だから。
守るよ。
どんな敵からも。

僕が唯一愛した、愛しい人。
おやすみ。




 

後書き 〜 言い訳 〜
 
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。


文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

掲載日  2011.02.08
再掲載 2012.02.02
イリュジオン


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※こちら記載されております内容は、全てフィクションです。