【 僕 は 彼 女 が 好 き な ん だ 】 



颯 樹は、常々不思議に思っていた事があった。
それは・・・。
視線の先で、気持ち良さそうに縁側で昼寝をしている甲 賀 瞬。
たしかに、この暖かな日差しで、非番とくれば、昼寝には格好な時間かもしれない。
だが・・・その寝方に問題がある。
甲 賀は常に、刀をまるで抱き枕のようにして抱いて眠る。
そして・・・。

「横になってる所、見た事がないんだよね。」

ふと頭で思ってる事が口に出てしまっていた。
颯 樹は、わざと気配を消さずに甲 賀に近づいた。
微かに身じろぐ甲 賀の態度に、目を覚ましたと思い、颯 樹は何も言わずに隣に腰を降ろした。
微かに甲 賀の手に持つ刀が音をたてた。

「殺されたいの?颯 樹ちゃん。」

目を閉じたままで、甲 賀は呟いた。
確かに。
剣客としては、近くに気配を感じた瞬間に、相手を確認するよりも先に身体が行動を起こす事の方が、生き抜くためには必要な事。
寝ると言う時間が、一番人間が気が緩む。
そこを狙うのは、暗殺者にとっては当然のことだった。

「甲 賀さんって、横になった事ないですよね?」
「失礼な。人を変人扱いしないでくれない?」
「この部隊に入ってから。」

颯 樹は、ジッと甲 賀の事を見つめた。
それは確信があって言った事。
どんなに遠征に行っても、休んでいるのを見かける甲 賀は、常に座っている姿勢。
柱や荷物に身体を預けているとは言え、常に刀は放さない。
甲 賀は、軽く肩を上げた。

「それは君も一緒でしょ?」
「私はちゃんと布団に入って寝てます。」

まぁ、すぐ手に取れる場所に刀は常に置いてはあるけどね。
それでも神経が休まるなんて事はない。
常にどこかしらに神経は働いている。
ある種の職業病のようなものかもしれないが。

「疲れませんか?」
「・・・。」

甲 賀は何も応えなかった。
颯 樹も別に答えを求めている訳ではなかったので、そのまま口を閉ざした。
静かな昼下がり。
二人の視線は、自然とふわりと飛ぶ虫へを追ってしまう。
剣客ゆえの、暗殺業してるからこその、性とも言うのだろうか。

「僕達に安息の地なんて、この世にはないのかもしれないね。」
「・・・そんな事ないと思いますよ。甲 賀さんが作ろうとしてないだけです。」
「誰かを信用しろって?冗談よしてよ。」

半分バカにしたような甲 賀の言葉。
颯 樹は迷うこと無く、頷いた。
確かに。
確かに今までは、颯 樹にとっても安息の地と呼べる場所は存在しなかった。
九 条や大和と共に居るときは、楽しい。
だが、それ以上に刺客に対する神経は過敏な程になってしまう。
だから側で眠れるなんて事はあり得ない。
一人の時も同じ。
だけど・・・颯 樹はチラリと甲 賀の事を見た。
この人の側は、一番危険なんだけど、一番安心する。
最近気がついた事だった。

「颯 樹ちゃんには、あるって事だよね?」
「ありますよ。」
「へぇ・・・それは是非にも聞いてみたいなぁ。」

甲 賀の顔が、一瞬にして殺気立つものへと変わった。
何か機嫌を悪くしたのだろうか?
いつもの気まぐれかと、颯 樹は大して気にする事もなく、空を見上げた。

「私にとって、お日様みたいな所です。」
「は?」

意味が分からないと、甲 賀は不思議そうに首を傾げた。
颯 樹は笑みを深くした。

「遠くにいても、いつも存在がわかって、近くにいるとすごく温かくて安心します。ただ、入り込み過ぎると、火傷しますけどね。何せ太陽ですから。」

誰かを思い浮かべて話す颯 樹。
そんな颯 樹の横顔が、なんだか気にくわなかった。
どうせ九 条か大和さん辺りを思い浮かべているのだろうと、決めてかかっていた。

「じゃ、その太陽の側にいればいいじゃない。僕なんか構ってないで。」
「そうですね。」

そう言っても颯 樹が動く気配はなかった。
何がしたいのだろうかと、甲 賀は首を傾げた。
そして、もしかして・・・と一つの答えに辿りついた。
まさかとは思うが・・・。
傲慢な考えかもしれないけど、もしかして、颯 樹にとっての太陽とは、自分の事ではないかと・・・。
確かに、颯 樹が側にいると、自分も力を抜いてる事がよくある。
気付けば肩から力が抜けている。
今もそうだ。
先程まで、独り寝していた時は、緊張していたかのような、神経の高ぶりも、今は嘘のように静まっている。
なんでだろう?
甲 賀は、自分の気持ちがわからずにさらに首を傾げた。

「ねぇ。」
「はい、なんでしょう?」
「君、ここにいるってことは暇なんだよね?」
「ちょっと休憩してるだけです。暇ではないですよ。」

颯 樹の言葉を聞いた、瞬間。
甲 賀は颯 樹の膝に頭を乗せて横になった。
その動作に、颯 樹は驚いて目を見開いた。

「少しの間、僕の護衛してよ。」
「護衛なんていらないじゃないですか、甲 賀さんには。」
「たまには、僕も休憩したいから。」

そのまま甲 賀は目を閉じた。
なんだろう、良い香りがする。
いつも側にいたのに、颯 樹の香りなんて考えた事もなかった。
着物に焚きしめてある香なのか。
それとも颯 樹自身の香なのか。
どちらにしても、母のような、安心感が心に生まれる。
だから、目を閉じてすぐに眠りの縁へと落ちていったのかもしれない。

「甲 賀さん?」

颯 樹が声をかけても、規則的な息が聞こえるだけだった。
瞬眠。
よほど疲れていたのだろうか・・・?
颯 樹は、自分の膝の上で心地よさそうに目を閉じる甲 賀の髪を優しく梳いた。
そのサラサラとした髪質に少し驚きながらも、何度も同じように手を動かしていた。
こんな事されても、起きない甲 賀。

「お疲れ様です。」

本当に疲れているのだろうと、颯 樹はまた空を見上げた。
いつになく空が高いような気がする。
気持ちがいい、心地よい風。
知らずに颯 樹もうとうと…とまどろみ初めていた。







「ん・・・。」
「おはよう、颯 樹ちゃん。」

声をかけられて、目を開けると何故か自分が甲 賀の膝の上で眠っていた。
身体には、甲 賀の羽織が掛けられていた。
いつのまに逆転したのだろうか?
颯 樹はゆっくりと身体を起こし上げた。

「あれ?いつのまに。」
「君の涎で僕は、目が覚めたよ。」
「す!すみません!!!!」

そう言われた瞬間に、颯 樹は自分の口もとをさわった。
別によだれがたれた形跡はない。
それでも羞恥に顔を赤くそめて、甲 賀から顔を背けた。
甲 賀は楽しそうに、ケラケラと笑って颯 樹のことを見ていた。
そして、フワリ・・・と颯 樹の髪を撫でたのである。

「!?」
「颯 樹ちゃん、ありがとうね。」

それだけ言うと、甲 賀は「またね。」と立ち上がって自分の部屋へと戻って行ってしまった。
いつもらしからぬ甲 賀の表情に、硬直してしまった颯 樹。
自分に掛けられた羽織を、返す事もせずにしばらく、固まったまま甲 賀が歩いて行った方向を見つめていた。
なんだろう・・・ドキドキする。
颯 樹は、胸を押さえた。







パタン・・・。
障子を閉めたと同時に、甲 賀はその場に力なく座り込んだ。

「嘘だろ・・・?」

俯いて、肩を揺らし始めた。
なんだろう。
本当に、彼女には予想外な事ばかりされる。
この自分が、他人に膝を貸すなんて。
そして、熟睡してしまうなんて。
本当に、あり得ない。
顔があり得ないくらいに熱い。
心臓も壊れるんじゃないかって程に、ドキドキしてる。
やっぱり、認めないといけないのかもしれない。
この気持ち。
絶対にあり得ないと、否定し続けて来た気持ち。
でも、頭よりも心は正直な物だ。

「颯 樹・・・。」

ぽつりと彼女の名前を呼び捨ててみた。
たったそれだけの事なのに、心が熱くなる。
先程まで、彼女を守るように肩を支えていた右手を見つめた。
刀を、身体から離したのは久しぶりのような気もする。
刀を廊下に置いて、彼女を支えていた自分。
あそこでもし襲撃にでもあったら、抜くタイミングが遅くなって、絶命していたかもしれない。
彼女が、刺客だったら、確実に心臓をやられていたかもしれない。
でも・・・。

「彼女なら良いと思ったんだよねぇ。」

部屋にこぼれた独り言。
だめだ。
相当、頭がイカれてる。
この命は、大和さんの為だけに捧げるつもりだったのに。
今は、彼女にあげてもいいかな・・・とも思ってる。





ああ、そうだ。




僕は、彼女が好きなんだ。





うん。





認めてしまえば、案外、楽なのかもしれない。
訳のわからないイライラも、彼女への嫉妬だと考えれば、説明がつく。
彼女が他の男と話してるのは、気にくわない。
彼女が、他の男を見てるのが気にくわない。
だったら・・・。

「そうか。僕の物にしちゃえばいいんだ。さて、どうしようかな。」

クスクスと、新しいおもちゃを手にいれたような、甲 賀。
心が浮き出すその感覚も、新鮮で。
本気になった相手には、手加減なんて絶対にしないから。
覚悟しててよね、颯 樹ちゃん。





 

後書き 〜 言い訳 〜
 
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。


文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
 

掲載日  2011.02.08
再掲載 2012.02.02
イリュジオン


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