【 第 十四 話 】 |
新月。 月が隠れて、いつもよりも闇が深くなる。 こんな日は、暗殺の仕事も、狙われる事も、多い日だ。 颯 樹は九 条の命令に従って、ある人物の暗殺に向かった。 無論、甲 賀と共に向かったのだが、屋敷内全員の口を封じる為に、表側と裏側に別れて仕事に入る事になった。 仕事は、二人の手にかかれば10分もいらない。 あっと言う間の断末魔。 全てに片が付いた時、ふと甲 賀は颯 樹の気配がない事に気がついた。 まさか、またか・・・と思い、部下達を先に隊舎へと戻らせた。 甲 賀はそのまま颯 樹がいた表玄関へと走って行く。 途中でいくつもの遺体があったのを見れば、ここで颯 樹が仕事をした事を物語っている。 そして、外に向かっていくつもの血だまりの足跡。 甲 賀はしゃがみ込んで、その足跡を見つめた。 しばらくそれを見つめてから、微かに男のうめき声が聞こえた。 どうやら、颯 樹はこの場所から離れた所で刺客を誘導したのかもしれない。 甲 賀は、殺気の滲む方向へと走りだした。 同じ刻限。 外でお酒を飲んで、千鳥足の相 模が、花街から隊舎への帰り道を歩いていた。 ほろ酔い加減と、日頃のストレスを抜いた相 模は、異様な上機嫌さであった。 鼻歌を歌いながら、よろよろと暗闇の中を歩いていた。 脇には川。 落ちないようにな〜♪とまで勝手に作った歌詞と歌。 人は眠りについてる刻限。 その相 模の声は、ある意味、近所迷惑だったりする。 そして、それもある意味、国の平和の象徴でもあったのだが。 そんな相 模の前を横切る一人の影。 どことなく見た事のあるシルエットに、相 模はとっさに近くの木にその身を隠した。 数十人の浪人のような剣客を引き連れて、走ってはすぐに振り向いて一人を斬り、また走り出すと言う、なんとも忙しない戦いをしていた。 大勢を相手にするのに慣れてる者の戦い方の一つだ。 相 模は加勢しようと、ふと腰を見た。 今日は飲むだけだからと、刀を隊舎に置いて来てしまっていた。 しまったと、何か武器になりそうな物はないかと当たりを探っていた。 だが、どんどんと離れて行ってしまう。 相 模はとりあえず、その集団を追うことにした。 竹藪の中に入り込んだ、一人の剣客。 戦い慣れしてるとしか思えない。 普通ならば、広くて戦い安い所を選ぶが、あえて戦い憎い場所を選ぶ。 これは、プロだ。 そう思って、中心にいる人物の顔を見ようと、そっと顔を出した瞬間に相 模の持っていた酒瓶を手放してしまった。 「おっと。」 気配なく真後ろにいた人物に驚き、相 模は腰を抜かす勢いで真後ろの人物を見上げた。 そこにいたのは、同じ部隊の甲 賀 瞬だった。 酒瓶を相 模の前にニッコリと笑みを浮かべて手渡した。 「割れたら勿体ないよ。はい、サガさん。」 「お、おう。」 「今日の事は、サガさんも忘れてね。」 「あ?」 そう言った瞬間、甲 賀は相 模の後頭部を力強く、鞘で殴りつけた。 「ぐわぁ!」 目玉が飛び出る程の衝撃を受けて、さすがの相 模も視界がぶれて行った。 それを確認してから、甲 賀は走り出していた。 相 模の制止の声も聞かずに。 だが。 甲 賀が作った人の隙間から見えた人物に驚いた。 そこにいたのは、水色の長い髪を揺らしながら、幾人もの相手をしている颯 樹の姿があったからだ。 まるで剣舞を舞うかのように、華麗な剣裁きは、ただただ魅了されるばかりだ。 甲 賀との連携も、慣れているのか、次々と二人の舞子が舞いながら、剣客を倒して行くようにしか見えなかった。 相 模が見たのは、そこまで。 それ以降はの記憶はなく、朝気付いた時には部屋で酒瓶を抱きしめるようにして眠っていたのだ。 ただ、昨夜の事が夢でないと証明されるのが一つ。 着物の間に入っていた、竹の葉。 それを見た時に、二人のあの殺戮を思い出して、身震いをしてしまった。 雪 桜 隊として、一緒に何度も戦いには参戦している。 だが、その時の顔とあの日の顔はまるで別人のようだった。 狂喜に狂ったかのような、笑み。 殺す事をまるで楽しんで遊んでいるかのような、表情。 冷酷なまでのトドメの刺し方。 しばらく布団の上で、酒瓶を抱えたまま、ぼんやりと考えていた。 そんな時、障子に人影が映った。 それを見た瞬間、誰だかすぐに想像ついた。 相 模は無意識に、刀に手が伸びていた。 「相 模さん、起きてますか?朝食に皆さんと一緒に行くんですが、相 模さんもよろしければ、ご一緒にいかがですか?」 「あ、ああ。着替えたらすぐに行くから、席だけとっといてくれるか?」 「わかりました。」 「悪りぃな。」 「いえ。」 影だけでも見える、丁寧な挨拶。 颯 樹の気配がなくなり、ホッとため息を着いた。 気付けば、刀を握り絞めている手に、大量の汗が。 相 模は、酒瓶を床の間に置くと、ゆっくりと刀の口火を切った。 手入れしたばかりの刀は、清らかさな光を放っていた。 刃を元に戻すと、全身から力が抜けたように深いため息をついた。 ともかく、着替えだ。 相 模が着替えをおえて、部屋を出ようと障子を開け放った瞬間だった。 近くの廊下の柱に、凭れ掛かるようにして立っている甲 賀の姿があった。 無論、いつもの笑みを浮かべてはいるのだが、何か異様な気配を感じる。 相 模は黙って甲 賀の事を見つめた。 「な、なんか用かよ。」 「別に。僕もご飯食べに行こうと思ってここを通ろうとしただけ。」 そう言うと、甲 賀は凭れかけていた柱から身体を起こすと、相 模の方へと歩き出した。 目の前を通り過ぎても、甲 賀は何を言うでもなかった。 本当に通り過ぎようとしただけなのかもしれない。 だが。 「おい。」 相 模は甲 賀の背中を呼び止めた。 振り向く事もしない甲 賀に、相 模は、自然と刀に手を置いた。 「昨日の事だが」 「ダメだよ、サガさん。」 相 模が気付いた時には、甲 賀すでに相 模の目の前に移動していた。 その素早さで、身動き一つ取れなかった。 甲 賀は相 模の刀の上に乗った手に、そっと自分の手を被せた。 「あんな所で居眠りしてる所、九 条さんにバレたら雷どころの騒ぎじゃなくなるよ?」 「あ・・・あんな所・・・?」 「優しい僕が、ちゃんと隊舎まで届けたんだから。お互いに内緒だね。」 フッと笑みを浮かべて、口元に人差し指をたてた。 内緒っともう一度だけ言うと、甲 賀は相 模の手をポンポンと軽く叩いた。 そこで初めて、刀に添えた手に、力が入ってる事に気がついた。 相 模の背中は、異様な冷や汗が流れていた。 「言ったら、俺も殺すのか?」 甲 賀や颯 樹の手によって、「粛正」の名の下で殺された同僚は数知れない。 相 模は、異様な緊張感の中、一言静かに告げた。 だが、甲 賀から返ってきた答えは、意外とあっさりしたものだった。 「ん〜別に言っても構わないけど?困るのは、僕でもサガさんでもなく、颯 樹ちゃんだって事くらいじゃない?颯 樹ちゃんを困らせたいって言うんだったら、僕は止めないけど?絶対に秘密にしなくちゃいけないって事じゃないと思うしね。」 甲 賀はスッと足を引いて、相 模と距離を取った。 別に刀を抜こうとしてるわけではないのだが。 互いの距離感が、どうも戦う前の距離感に似ている。 それを楽しんでいる甲 賀も表情も、相 模からすれば面白くなかった。 「伊 勢が困るって、なんで伊 勢が困るんだ?それに、あの連中は、素人じゃねぇ。殺しのプロの集団だったろうが。」 「おかしいな?すぐに気絶するように思いっきり後頭部殴ったつもりだったんだけど、随分と見ちゃってたんだね。」 ニコっと言葉とはそぐわない程の甲 賀の笑み。 だが、甲 賀はそれだけ言うと相 模に背を向けた。 「サガさん。朝食、喰いっぱくれますよ。大 助君に全部食べられちゃうかも。」 「あ・・・ああ。」 何故か、それ以降はその話しは相 模の中ではしないようにしていた。 ただ、二人への警戒心は高くなっただけだ。 いつも通りにはしているが、隊舎内でも、どこでも、ゆっくりと眠ることが出来なくなった。 いつ自分が粛正の対象者になるか、暗殺命令が下るかわからない。 そんな猜疑心から。 どんなに寝ていても、小さな物音一つで、目が覚めるようになってしまった。 そして、それ以来は刀を絶対に肌身から外さないようにしていた。 相 模はふと昔の事を思いだしていた。 九 条は心底、安堵したかのように深く息を吐き出した。 「おめぇが助太刀しなくて、良かったよ。」 「どう言う意味だ?」 「もし、助太刀していたら…その日からお前も瞬や颯 樹と同じに刺客のオンパレードになっていただろうからな。」 それはつまり・・・。 甲 賀は分かっていて、颯 樹の事を助太刀していた事になる。 相 模は九 条の事を見つめた。 九 条はゆっくりと首を縦に振った。 「瞬の野郎が、自己責任で首を突っ込んだんだ。最初、颯 樹は嫌がっていたがな。」 「ちょっと待て。それじゃ瞬の奴が助太刀するまでは・・・。」 そこまで静かに聞いていた阿 波は、全てを悟ったかのように、静かに呟いた。 「颯 樹一人で相手をしていたと言う訳か。」 「俺に話せと言っているんだが、絶対に口を割らねぇ。狙われるのは、自分一人で十分だと言ってな。」 「伊 勢が・・・。」 事情を知らなかったとは言え、伊 勢と甲 賀に対して猜疑心を抱いてしまった相 模は、罰が悪そうに顔をそらした。 雪 桜 隊に迷惑を掛けられないと、一人で立ち向かって。 伊 勢がどんなに強い剣客とは言っても、所詮は、女。 男が束になってしまえば、苦戦にならないはずがない。 そんな死にそうな目に、何度も遭遇してるのにも関わらず、あいつは笑うのか。 あんな風に、嬉しそうに笑うのか? 考えてみれば、粛正と言っても、九 条や大 和が命令を下しているのは「人を殺してこい」と言う命令。 女の颯 樹にとって、それがどれほどの負担になっているのか。 自分自身、人を殺した戦の後は、生き残ったと言う殊勝な酒の味と言うのに出会った事がない。 なんとも味気ない、マズイ酒だ。 殺してしまった相手への手向け酒だと、供養の酒として、今まで酒宴の席にいたが。 それでも、殺した日はその感覚が手から抜けなくて、酒を沢山飲んで泥酔させなければ眠れないなんて事もある。 人の命を絶つ。 それも刀と言う凶器で、たった一瞬でその者の人生に幕を下ろすのだ。 その者が死ねば、どれほどの人間が悲しみに涙するのか。 そして、新たな憎しみが生まれるのか。 考えるだけでも、今の自分の道を呪ってしまいたくなる。 なんでこんな道を選らんでしまったのかと。 だが・・・この道を選ばなければ、国を取り戻す事も。 国を豊にする事も、変えることも出来ない。 何もしないで、吠えているくらいなら、こうした道にいた方が良いと思う。 でも、どんなに人を斬っても、それに慣れる事だけはない。 だが、二人は自分以上に人を殺して来てるのだ。 粛正。 すべてがその名の下において、恨みもない人間を、殺していく。 時と場合によっては、刀を持たない者に対しても粛正しなければならない。 そんな仕事を生業としていて、よく正気でいられるものだ。 相 模は、そんな命令を下している根源である、九 条をチラリと見つめた。 「なんだ。」 「あんたは、伊 勢に人を殺して来いって命令して、何とも思わないのか?」 「仕事だ。仕方ない。」 九 条のあまりにも非情な言葉に、相 模は立ち上がった。 「あいつは女だぞ!!少しは考えてやってんのかよ!!!」 「相 模、飲みすぎた。副将に失礼な物言いはするな。」 阿 波の冷静な言葉に、さらに相 模は頭に血が上った。 大 助は今にも飛びかかりそうな相 模を抑えるのがやっとだった。 「友は、なんとも思わねぇのかよ!」 「それが道であれば、致し方ない。」 「致し方ないって・・・可笑しいだろ!?」 「じゃ、おめぇが殺るって言うのか?」 九 条は静かに怒りを露わにした。 ジッと睨み付けるように、相 模を見上げた。 相 模がそれには応える事が出来なかった。 颯 樹の代わりに自分が暗殺部隊になるのかと聞かれれば、それは・・・ きっと正気を失うような気がした。 「サガさん!!!」 必死に相 模にしがみつく大 助は、相 模に言い聞かせるように怒鳴った。 「甲 賀さんが言ってた。何が正しくて、何が間違っているかなんて分からないって。颯 樹にも聞いた!殺してる時の颯 樹の意志はどこにあんのかって!!!」 大 助の言葉に、九 条も阿 波も驚いたように目を見開いた。 いや、相 模も同じだった。 先程まで暴れる寸前だった相 模から、怒りが抜けて、信じられないように大 助の事を見た。 大 助は、相 模から力が抜けた事を確認してから、その場に座り込んだ。 「颯 樹、言ってたよ。人はそれぞれの道を歩くものだけど、みんな隣を歩いてるって。向いてる方向も一緒だって。でも、颯 樹は後ろを向いてるんだって。」 「なんでだよ。」 「みんなに前を向いてて欲しいからだよ。後ろを気にせずに、前だけを向いて歩いて欲しいから、それが颯 樹の願いなんだよ!!颯 樹の道なんだよ!!」 大 助の言葉に一同が沈黙した。 そこまでどうして茨の道を歩くのか。 相 模はストンと腰をが抜けたかのように、その場に座り込んだ。 「なんだよそれ・・・なんなんだよ、それ!!!!」 ゴン!っと拳を何度も屋根にたたき付けた。 相 模の目から涙が出て来た。 そこまで何故、伊 勢が? 自分の馬鹿さ加減と、低次元な考え方に、嫌気が差した。 颯 樹は、そんな事を思っていたと言うのに。 甲 賀ですら、正しい事がわからないと、そんな疑問に立ち向かっているのに。 自分がしていたのは、人の批判ばかりして。 自分の答えからは逃げていたのかもしれない。 九 条はふと空を見上げた。 「天つ風、時代の覇者とならしめん・・・か。」 「副将?」 「俺は単なる、言い伝えで信用なんかこれっぽちもしてなかったが、なんとなく信じたくなったかもしれねぇな。」 同じく月を見上げた阿 波も、九 条の言いたい事が分かるのか。 珍しく口もとを微かに上げた。 「そうですね。」 涙が溜まった瞳で月を見上げた相 模。 なんと綺麗な月だろうか。 キラキラと光っていて、まるで颯 樹のようだ。 更 月 姫がいなくなっても、普通にしている皆が、よくわからなかった。 いや、更 月 姫だけじゃない。 今までもそうだ。 昨日まで一緒にいた奴がいなくなったと言うのに、時間は普通に流れていく。 それは人も同じで。 誰も、その死に対して悼む事をしてないと思っていた。 でも、それは相 模の思い違いなのかもしれない。 こうして大 助が屋根の上で、宴会を始めたのも。 月がよく見える屋根にした理由も。 颯 樹を呼んだ理由も。 大 助なりの優しさであり、大 助なりのけじめの付け方だったのかもしれない。 相 模は、涙を拭うと月に向かって酒の入った湯飲みを掲げた。 「天つ月に。」 「「「月に。」」」 「「「「 献杯 」」」」 四人の声が合わさった。 |
後書き 〜 言い訳 〜
ここまで読んでくださり
心より深くお礼申し上げます。
文章表現・誤字脱字などございましたら
深くお詫び申し上げます。
掲載日 2012.02.02
イリュジオン
※こちら記載されております内容は、全てフィクションです。